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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年3月27日水曜日

2013年3月27日水曜日17:35
kaiiです。

気仙沼湾の東側、気仙沼市二ノ浜の小高い場所に建つ、気仙沼市立浦島小学校はkaiiの母校です。
地域の教育・文化の拠点として、地域と共に発展してきたこの小学校は、平成25年3月23日、63年の歴史に幕を下ろしました。



浦島小学校最後の卒業式が行われる前日、kaiiもお世話になった元教頭先生が久しぶりに来校されると聞き、訪ねて行きました。

その方は、堺秀一さん(85歳)。
昭和55年度から昭和57年度まで浦島小学校の教頭を務めました。

「震災の後、きょう初めて浦島小学校へ来ました。私が通っていた頃の浜の活気がなくなりさびしくなりました。人の優しさを感じる通勤路、春には道端に干してあった昆布。それらが見られなくてとても残念です。子どもたちが笑顔で会釈してくれたことを思い出しました」

先生は、津波と津波火災で姿を変えてしまった地域に思いを寄せ、お話してくれました。


浦島小学校元教頭、堺秀一さん

浦島小学校に赴任して印象的だったことは、
「学校教育にとても理解と協力のある地域で驚きました。地域の人がいつも学校に興味を持っていました」
「当時の浦島小学校の児童には、”俺たちなんてダメなんだ”という自信のなさがありました。そこで先生方と相談して、子どもたちに自信を持たせられる何かを育てよう、困難でも努力すればできるんだという自信を持たせようと考えました」





「海を見て育ち海辺でくらす子どもたちにとって、水泳を覚えることは人命の安全を確保するという一面を持つ重要な学習活動です。そこで暖かさを感じる6月から水泳の教育を始めました。当時の子どもたちは寒さで唇を紫色にしながらも、水から上がると焚き火で体を温めて練習に励みました。その成果が、先生方が目標としていた3年目に開花しました。

昭和56年8月7日。
気仙沼市立気仙沼小学校のプールで開催された市内水泳競技大会では、全校生徒108人の浦島小学校が優勝を果たしました。13種目のうち1位と2位が5種目ずつ、3位が2種目という好成績でした。
この成績が評価されて昭和56年11月には日本水泳連盟より宮城県一の水泳優秀校として表彰されました。

浦島小学校63年の歴史に刻まれた、栄光の1つです。





夏休みには、朝から水泳の練習でした。午後の練習が始まるまでのお昼休みには、体育館に布団を敷いてお昼寝をしました。
運動が苦手だったkaiiもその練習に参加し、自由形で50mを泳げるようになりました。

「お母さん選手になったよ。泳げるようになった」

自分ができないと思っていたことができるようになった日、自分ができることが1つ増えたことがうれしくて、母に伝えたのを覚えています。

「自分をあきらめないこと、私でも努力すればできること」があると知り、とてもうれしかったです。それを感じる喜びを育ててくれたのが堺教頭先生でした。



堺先生はどんなに忙しくても、校庭に子どもたちの姿が見えると一緒に遊んでくれる先生でした。

堺先生は、当時の先生たちが子どもたちの中に育てたかったことが「肯定的自己像の確立(価値がある自分をしっかりとうち立てること)」だとおっしゃいました。


私たちが社会に出て「くじけない心」を育ててくれた先生たちの当時の努力に心から感謝しました。

(取材日 平成25年3月14日)