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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年3月25日月曜日

2013年3月25日月曜日10:58
春の陽が気仙沼湾をキラキラ照らしています。この美しい海のある地域がkaiiの故郷です。
気仙沼湾の東側、気仙沼市二ノ浜の小高い場所に建ち、地域の教育・文化の拠点としての地域と共に発展してきた気仙沼市立浦島小学校が平成25年3月23日、63年の歴史に幕を下ろしました。



20年ほど前から地域の過疎高齢化と少子化は進んでいました。
東日本大震災の後、地域の人の多くが仮設住宅など避難したために児童数がさらに減少したことから、平成25年度から気仙沼市立鹿折小学校に統合されることになりました。


昭和25年4月の開校以来、63年間で1,239人の児童がこの学び舎を巣立ちました。
平成25年3月15日浦島小学校最後の卒業式が挙行されました。



浦島小学校1,239人目の卒業生は畠山早笑(はたけやまさえら)さんです。いつも笑顔の畠山さんはとても優しく下級生の面倒をよくみていました。
畠山さんは「中学生になったら友達をたくさんつくって楽しい毎日を送りたいと思います。勉強もがんばりたい」と話しました。

林崎明彦校長は卒業式の校長式辞の中で
「毎年秋に花壇にチューリップの球根を植えて、春には花を楽しんでいましたが、浦島小学校が今年で廃校になることが決まったので昨年は球根の植え付けができませんでした。浦島小学校最後の卒業生の皆さんに浦島小のチューリップを見てほしくて、特別に今日まで暖かくしてチューリップの花を咲かせてもらいました」
と卒業児童の前のプランターに咲いたチューリップを紹介しました。


「震災で全てが変わってしまいましたがそれでも皆さんは震災前と変わらずに小学校に通って来てくれました。最後の1年を震災前を同じように過ごしてほしいと思いました。震災前に学校で行われていた行事を全て行うことができました。震災で当たり前のことが当たり前にできることが幸せだと学びました。皆さんには、当たり前のことが当たり前にできる人になってほしい」と結びました。



1人1人の卒業生が両親に卒業証書を見せながら報告し、感謝の言葉とこれからの目標を話しました。

入学以来1966日。震災後、三ノ浜ノ避難所の唯一の小学生避難者だった小松歩未(こまつあゆみ)さんは、避難所から小学校へ通い続けました。小松さんに校長から式辞の途中で皆勤賞が贈られました。



4月から鹿折小学校へ通学することになった4年生の尾形優花さんは「浦島小学校がなくなることはさびしいです。鹿折小学校へ行くことは楽しみです。お友達をたくさんつくりたいです」と話しました。



両親に卒業を報告し、今日まで育ててくれたことに感謝し、これからの自分の目標を伝える子どもたちの姿がとても大人に見えました。
校長先生の「当たり前のことが当たり前にできることを幸せだと学びました。当たり前のことが当たり前にできる人になってほしい」の言葉が、今日まで不自由を不自由とせずにがんばってきた浦島小学校の子どもたちの労をねぎらう言葉に聞こえました。


浦島小学校は閉校してしまいましたが、子どもたちの未来が希望に満ちたものであることを祈っています。

(取材日 平成25年3月15日)