header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年3月6日水曜日

2013年3月6日水曜日16:04
こんにちは、Chocoです。
今回は、奥松島の月浜にやってきました。

 ここに新しい建物があります。
月光 奥松島月浜海苔生産グループ月光」という看板が入り口前にありました。
被災して、一度は諦めた海苔の生産を再開した方々がここにいます。


今回お話を聞かせてくださったのは、「奥松島月浜海苔生産グループ月光」の代表 山内良裕さんです。

月浜は、日本三景の1つ「松島」の一部で、「奥松島」と呼ばれる地域にあります。
奥松島は、瑞巌寺のある辺りから見れば多くの島々の向こうにある対岸で、東松島市の宮戸島にあります。
宮戸は本土からはごく短い橋ですぐに渡れてしまうので気付かない人もいますが、れっきとした島なのです。

その一番南にある月浜は、海水浴場が目の前に広がり、夏になると観光客で賑わっていました。
しかし、2年前の3月11日、津波が月浜へ押し寄せ、波の高さは8メートルに達し、民宿や住宅をのみ込みました。
ホームページでも紹介されていた
「津波に耐えたシュロの木」
20数軒あった民宿は、今では再開準備中の1軒を含む4軒が営業再開までたどり着きましたが、
残りの民宿は、津波被害のため再建の目途が立っていません。

でも幸い、地元住民全員の命は無事でした。
「全て流された割には、諦めて笑った。笑うしかなかったんだ・・・」
と山内さんは語ります。
津波は、住宅と共に、漁師の命ともいえる船や漁具をも持って行ってしまいました。




「諦めた」
山内さんは、選択しました。
「全てがない、個人で再開するには2億以上掛かる・・・
2億で再開したところで、元が取れるか、生活できるか・・・」
そういった不安を持った人たちが、山内さんのみならず被災地には大勢いるのです。

「少しずつコツコツとやっていた過程が一気にゼロになって、ゼロからの出発だから、
経営も難しいから、諦めたんだ」
「諦める」ことを選択した人々にも私たちには想像できない苦難があるのです。


そんな時、
「海苔養殖を再開したい」
と、若い地元の漁師たちが声を上げました。
「息子や若い連中がやるなら、『やめろ』なんて言えないでしょ・・・」
と、微笑んでいました。



震災前は、個人漁が当たり前だったのが、皆で協力し合う共同漁に変わりました。
そうして月浜の漁師は、再び海へ出るというスタートを踏み出すことができました。
諦めていた漁の再開、海苔養殖・・・
若い漁師の熱い心がベテラン漁師の熱い心に再び火を付けたのです。

さて、いざ、始めようとなっても、資金、資材です。
そのとき、たまたま国からの支援、補助事業が出たため、それを利用して昨年の秋、震災後初の海苔生産をスタートしました。

しかし、国からの補助金が下りても、共同でやっても、海苔の生産に必要な資金はまだまだ足りませんでした。
そこで始めたのが「オーナー募集」です。
一口オーナー『月光の太陽』
1口1万円で、義援金を募集し、月光プロジェクトが生産した「新海苔」、「一番海苔」をお返しするという流れです。
この1口オーナーは、今月末まで募集を行っています。

私がお話を聞きに伺った時、ちょうど、オーナーの皆さんにお返しの海苔を箱詰め作業をしているところで、たくさんの海苔が事務所のテーブルに並べてありました。

「石巻市とか、東松島市とか、同じ被災者だけど頑張ってください。とか、県外からもたくさん・・・
お金だけじゃなく、色んなメッセージを頂いている。それがうれしくて、我々の動き出す力となっているんです」
と、「月光の太陽」への想いを聞かせてくれました。

ボードにメッセージを書いてもらおうとしたときに、山内さんが取り出したのは、大漁旗を背景にしたカードでした。
「力をくれた全ての人へ ありがとう」
奥松島月浜海苔生産グループ月光



津波を被ったものの、今もなお、どっしりと観光客が来るのを待つ月浜の門
月光プロジェクトは、この海苔生産以外にも、月浜自体の発信、民宿や観光の発信をしています。
「月浜は、海苔養殖が一番の収入源。他の魚も捕れるが、それで生活はできない」
と、山内さんは言います。
捕った魚を最大限に生かせるのが「民宿」です。

震災前、月浜の漁師たちは、海苔養殖と民宿で生計を立てていました。
でも、観光地であった月浜海水浴場はガレキにまみれ、民宿はほとんどが津波にのまれました。
民宿や住宅があった所は危険区域に指定され、住民の方々は高台移転を余儀なくされています。
そして、集団移転先では、民宿などの商業施設は建設許可が下りません。
そのため、民宿を行うためには新たに土地を購入するところから始まります。
「家も建てて、民宿も建てる・・・いくら補助が出るにせよ、ちょっと難しい」
と、山内さんも言います。

それでも、浜の人々と協力して、月浜を盛り上げようと一生懸命です。
プロジェクトに賛同して集まったのは、浜のお母さんや漁師を引退したお父さんと、月光プロジェクトのメンバーを含め20数名。海苔生産に関わっています。
月浜の人々だけでなく、海苔づくりの資材などの制作に携わった述べ1400人のボランティア、義援金という形でサポートをしている「月光の太陽」人々・・・
月浜の海苔には、さまざまな想いが詰められています。


「仲間の強い想い、そして強い結束力」が感じられたお話でした。
月浜の月光プロジェクトの皆さんは、海苔生産だけでなく、観光地、月浜の再開を目指し頑張っています。
今後も熱い想いで月浜を盛り上げます!!


(取材日 平成25年2月25日)