header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年3月30日土曜日

2013年3月30日土曜日18:11
 初めまして。今日からココロプレスに参加しします石野葉穂香(いしの よおか)と申します。
 
 私と妻は、大阪の大学の出身です。
 関西に暮らす多くの友人・知人たちは、「あの震災」が発生したとき、「あいつら、津波に遭ったんと違うか?」と、ひどく心配したようで、回線が回復するや、彼らからのメールや電話が殺到しました。
 
 ともあれ無事を伝えると、彼らは一様に、「何か欲しいもんないか? 遠慮せんと言うてくれ」と、支援を申し出てくれました。「ヘンな言い方かも知れんけど、ワシら震災の“先輩”やで」。そんな言い方をする友人もいました。
 
 彼らは18年前の、あの「阪神・淡路大震災」のことを思い出したといいます。そして、「アレが必要や」「コレもいるやろ」と、食料品から日用品まであれこれ見繕い、段ボールにどっさりと詰めて、宮城まで送ってくれました。
 
 どの箱にも、欲しいと思ったモノが見事に入っていました。
 「宝箱やぁ!」と、妻は泣きそうな声をあげたものです。
「義援金は誰に届くか分からへん。だから、そっちへ送ったモノの中から、欲しいて言うてはる人に、欲しいいうモノ、届けてあげて」と言ってくれた人もいました。

 その手は有効でした。そして私たちは、関西からの「宝箱」の中から、さまざまなモノを、被災地の知り合いなどにお届けすることにしました。震災発生から数カ月で、ウチに届いた段ボール箱は、延べ100箱を超えていました。
 
 
 そんな彼らは「2年が過ぎた今、被災地とどう向き合うたらええんか、どんな風に関わったらええんか……。その“方法”が分からへんねん」と言います。
 
 個人レベルでの支援の時はもう終わったと言えるでしょう。
 一方「風化」もまた進んでいます。関わりが薄れれば、関心もまた薄れていきます。
 
 “方法”は、僕にも分かりません。ただ「できれば、被災地の“今”をあらためて見てほしい。そして、忘れないでいて」とだけ答えました。
 

南三陸町防災対策庁舎

 今日、久しぶりに南三陸町を訪ねました。
 今は骨組みだけになって残っている「防災対策庁舎」にも立ち寄ってきました。
 
 この施設は、防災無線で避難を呼び掛ける女性職員が亡くなる直前まで放送を続けたことでも知られ、被災地のシンボル的な存在となっています。
 今も多くの人がここを訪れます。車のナンバーを見れば、関東、関西からやってきた人も多いことが分かります。
 今となってはこの施設は防災対策庁舎の「跡」に過ぎませんが、それでもあの日のことを、ずっと“今”として伝え、被災地への関心を、今も強くつなぎ止めているようです。
 

 私も、震災の記憶を風化させないために、被災地への関心をつなぎ止めるために、ささやかだけれども力を尽くしたいと思います。


(取材日 平成25年3月30日)