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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年3月28日木曜日

2013年3月28日木曜日14:03
こんにちは、けいこです。

先月、川崎町ですてきなイベントが行われました。
「雪灯篭を作りたい」という子どもたちの声を受け、17年前に始まった「青根温泉雪あかり」です。

約2,000個の雪灯籠にろうそくが揺れる幻想的な景色。
明かり1つ1つには青根温泉に来た方への感謝の気持ちが込められています。



今年は特別な思いが込められていました。
それは、東日本大震災で亡くなられた方への鎮魂の思いと、1日も早い復興を願う気持ちです。

川崎町には、震災直後に石巻で被災した方々の2次避難場所となった温泉宿が多くあります。
そこで作られた固いつながりと、少しでも被災地の支援につなげたいという思いから、今回の雪あかりには、以前川崎町へ避難をしていた石巻市の方々が招かれました。

「海の町、石巻」と、「山に抱かれた町、川崎」の間で築かれた絆は、今も堅く結ばれているようです。
62名の方が参加されたバスツアーに同行し、川崎町での思い出の1日を取材しました。

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2月10日、日曜日。
太陽が顔をのぞかせ、気持ちいい天気となったこの日。
川崎町に到着した石巻の皆さんは、まず国営みちのく杜の湖畔公園を散策。
この日行われていた「かまくらまつり」を楽しみます。

みちのく杜の湖畔公園に到着した皆さん。
川崎町の方との久しぶりの再会を喜ぶ声も聞こえてきました。
かまくらまつりでにぎわう園内。
たくさんの家族連れが訪れていました。

午後は青根温泉に移動し、雪あかりイベントへの参加です。
豚汁や手作りこんにゃくの味噌おでんの振る舞いを楽しんだり、温泉で体を休めるなど、ゆっくりと時間を過ごしていました。

点灯式前に行われたイベントには、たくさんの方が足を運びました。

また、ボランティアの方と一緒に雪灯籠作りも着々と進みます。
バケツに入れた雪を締め固めて並べ、ろうそくを置くための穴を1つ1つ丁寧にくりぬいていく…。
これが結構な重労働。
皆さん真剣な表情で作っていきます。

石巻の方々、そしてボランティアの方々が協力して雪灯籠を作ります。
さらさらとした雪質のため思うように固まらず一苦労だったようです。
















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今回のバスツアーに至った経緯について、青根温泉合同会社・総支配人の丹野誠幸さんにお話を伺いました。

「石巻の方たちは避難してきた当初、毎日お線香を持って朝日に向かって拝んでいたんです。なんだかその姿は胸にきましたね。7月には皆さん石巻に戻られましたけど、“雪あかりを見せてあげたいなぁ、一緒に作りたいなぁ”とずっと考えていました。石巻の方からも“作ってみたい”という声があったので、それなら、ということでバスツアーでの招待を企画しました」

「石巻の方に雪あかりを見て元気になってもらいたい」という川崎町の方々の思いだけではなく、
「雪にもっと触れてみたい、幻想的な景色を見てみたい」という石巻の方々の思いも、今回の企画の大きな後押しになっていたのですね。

今回のツアー参加者の中には、丹野さんが顔見知りになった方も多く参加しているとか。
今後もこうした交流を続けたいと話を続けます。

「交流が無くなると、今までの関係も終わってしまいますよね。だからこそ、今後もこういった交流を続けていきたいと思っています。仮設住宅に移り住んで住まいがバラバラになってしまった人も多いので、なかなか連絡のやり取りが難しいということもありますが、今回来られなかった方のためにも続けていければと思います」


「ただただ、石巻の方に元気になってもらいたい。それだけです」と丹野さん。

また、今回の企画や準備などに大きく関わり、全体を取り仕切っていた鈴木修一さんはこう語ります。

「昨年の雪あかりも、鎮魂の思いを込めて行いました。あの震災が、沿岸部だけの出来事だなんて思っている方なんて、1人もいませんよね。“なんとかしよう、なんとかしたい”とみんなが思っているし、被災をされた方を誰もがとても大切に思っています。今回の雪あかりは、宮城県や川崎町、そしてみちのく杜の湖畔公園、釜房ダム管理事務所など、たくさんの方々の協力によって開催できました。本当にありがたいと思っています。絆というよりも“人の温かみ”のおかげですかね」

被災した人たちに、「何かをしてあげたい」という気持ち。
その気持ちを力強く下支えする多くの協力。
そして、その感謝を何とか返したいという被災された方々の思い。

人の気持ちがこんなにも混ざり合って雪あかりが作りあげられていたこと、そしてその思いの1つ1つが手に取るように感じられました。

ちなみに今回のツアーは、応募が殺到し募集開始後3日で定員に達したとか。
これもまた、石巻の方々の川崎町への思いの強さの表れのような気がします。

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日が傾き、ゆっくりと空が灰色になった午後4時。
いよいよ雪あかり点灯式です。
石巻の方々はもちろん、会場に足を運んだ方々によってろうそくに火が灯されました。

雪あかり点灯式。
石巻の方々がろうろくに火を灯します。












真っ白な景色に柔らかなオレンジの光が広がっていきます。
写真を撮る人、楽しそうにはしゃく子ども、じっくり光を見つめるカップル。
それぞれが思い思いに雪の光を楽しみます。

大人も子どもも、誰もがみんな見とれてしまう景色。
一時は吹雪となりましたが、なんだか気持ちがほっこりするような温かい風景がそこにありました。

雪あかりの景色を楽しんだあとは、グループごとに川崎町・小山町長と記念撮影。
このあと皆さんは石巻への帰路に就きました。
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今回、バスツアーに参加した、石巻市雄勝町の杉山賢太郎さん。
震災後の5月から2カ月間、川崎町内にある笹谷温泉「一乃湯」に避難していました。

「川崎町は第二のふるさとだと思っています。だって2カ月も助けられたもの。避難している間に友達もできました。たまに電話したりもしますよ。川崎の方たちは本当にいい人たちばかりです。ここで出来た絆は絶やさないようにしたいですね」

「ふるさとを離れて過ごす2カ月」はつらく、とてつもなく長く感じられたことでしょう。
しかし、そこに川崎町の方々の温かい救いの手があったからこそ、その間に培われた川崎町と石巻の方々の絆は簡単には途切れない、深いものになっているのかもしれません。

杉山さんはその昔、世界中の海で漁をしてきた「海の男」。
近年は雄勝でワカメの養殖などをしていたそうです。
しかし、その養殖施設は津波によって流されてしまいました。

そして津波は、杉山さんの奥様も奪っていきました。奥様はいまだ、行方不明のままです。

「今は1人だよ。さみしいんだ」
と杉山さんが言葉をこぼしたとき、私はすぐに言葉を返すことができませんでした。


先日、石巻市河北総合センター・ビッグバンで行われた追悼式で、遺族代表として今の思いを述べた杉山さんは、その奥様とのエピソードも話されたそうです。


震災の1週間前に、けんかをしていたこと。
あの地震が来る4時間前、仲直りをしようと写真館で写真を撮ったこと。
そしてその写真は今、杉山さんが住む仮設住宅に飾られている、ということ。


大切な家族が、思い出が、急に目の前から消えてしまった日から2年。
地獄のような日々を経験したあの日よりも、もっと強く生きようとしている杉山さんの姿からは、たくさんの気付きをもらうことができました。



がんばりましょう


杉山賢太郎
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町にどんどん根付いていく「青根温泉雪あかり」。
これからはそこに、川崎と石巻の方々との思いも積み重なります。

当日は4,000人以上の人が雪あかりを楽しみ、夜遅くまでこの光景を楽しんだそうです。
スタッフの皆さんも、「皆さんに楽しんでいただけた」と胸をなで下ろしていました。

ここに掲載した写真から、少しでも当日の雰囲気が伝わればいいなと思います。






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「絆」という言葉。

震災以降、何度も目にし、耳にしましたが、なぜか口に出すと違和感が残っていました。
しかし、今回の川崎町と石巻市の人々の思いを通した固いつながりを目の当たりにして、本当の「絆」というものを見たような気がしています。

目に見えないものこそ、実は確かなものなのかもしれません。
2つの町に結ばれた絆は、その結び目を固くしてこれからもどんどん深まっていきそうです。

(取材日 平成25年2月10日)