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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年2月24日日曜日

2013年2月24日日曜日9:24
こんにちは、Chocoです。
前回に引き続き、舞台は、池袋です。

今週の月曜日、18日に、石巻の肝っ玉お母さん、橋本信子さん(橋本ママ)のレシピ本、
「石巻ボランティアハウスの橋本ごはん」の発刊記念イベントが行われました。

まずは、簡単に本の紹介をします。

2011年3月11日、東日本大震災が起こり、たくさんの人々の命を奪い、人生も奪い去りました。「石巻ボランティアハウスの橋本ごはん」著者 橋本信子/INJM
その被害を受けた一人でもある、橋本信子さん。
震災後、6カ月、のべ5400人のボランティアに昼食を作り続けた、橋本ママが作る料理のレシピ本です。
数多い橋本ママの料理から、ボランティアの人々が選んだ23品のレシピが紹介されています。
またその他に、橋本ママの震災当時のことや、ボランティアとの出会いなどのインタビューや
ボランティア8人のインタビューが集録されています。
被災地石巻で被災に負けずに頑張っているお母さんのお話し、そして、そのお母さんと出会ったボランティアの想いが詰まった本です。





著者の紹介
橋本信子さん
通称「橋本ママ」
震災前も町内会や学校の行事などで、料理を振る舞う名物お母さんとして有名でした。
橋本さんのお宅があるのは、門脇浦屋敷。
1階の天井の高さまで浸水、多くの人々が犠牲になりました。
橋本夫妻も当時は、胸まで水に浸かったまま一晩を過ごしたそうです。
それでも「生きる」という強い気持ちを持ち、苦難を乗り越えました。
その後、ボランティアとの出会いがあり、被災者にも関わらず、彼らのためにと、震災年の春から夏の6カ月間、休まずに毎日昼食を作り続けたお母さんです。


常に箱買いで、
ガリガリ君を用意!!


「肝っ玉お母さん」とは、橋本ママのことをいうんだな・・・と思うくらいの、心の大きな人で、
外国人でも日本人でも、初めての人でも・・・どんな人でも温かく受け入れてくれる、
そんな石巻のお母さんです。







NPO法人 It's Not Just Mud(INJM)
 震災直後からボランティア活動を始めていたイギリス人のジェイミーさんを代表に結成されたボランティア団体。そのため、世界各地からボランティアをしたいと石巻のベースに集まってきます。
以前は、ガレキ処理から泥だしなどの活動をしていましたが、現在は地元のコミュニティーサポートや地元の方々とのお茶会などの活動を中心に行っています。



ママの住んでいる浦屋敷も全壊区域。
2011年夏、
ママは私たちボランティアのために
昼食を用意してくれていました。



コンパネで作られたテーブルに並べられたママの料理

震災直後から活動を始めたボランティア団体「Whisky55」の元で作業をしていたときに、橋本ママに出会いました。海外から来る人が多く、ママの料理に感動した人がたくさんいました。「ママの料理が一番!!」と来た外国人は必ず言うほど、ママの料理は世界でも認められているのです。
現在も週1度くらいのペースで橋本ママから食事に招待されて、ママの美味しい料理をごちそうになっています。


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Photo courtesy of Hai from Australia 
INJM 代表理事 ジェイミー エルバナさん
 理事 石川 雅枝さん
     橋本 信子さん
セブン&アイ出版 米山 紀子さん       


トークショーは約30分行われました。
・本の経緯
今回編集を担当したセブン&アイ出版の田丸さんが橋本ママに出会ったのは、去年の夏でした。
「友だちのジョジョくん(INJMで活動していたアメリカ人留学生)から橋本ママの料理の話を聞いて、ボランティアというより、『おいしい料理』に興味を持った。」
そして、実際に橋本ママが作る料理の味と人柄に触れて、本の制作が動き出しました。


・ボランティアとの出会いと料理を作り始めたきっかけとは・・・
橋本ママは
「被災したとき、知り合いの家の後片付けをお手伝いをしていた時に初めてボランティアを見た。その時、感激して言葉も出ないくらいだった。」
汗水たらしているボランティアが食べるものと言えば、カロリーメイトとか、缶ジュース1本・・・という状況をみて、「こんなにたいへんなのに・・・」とボランティアの身体を心配し始め、フルーツやその時に調達できるものの差し入れを始めました。それがのちに昼食に変わっていったのです。

・食へのこだわり
ボランティアがガレキ撤去などを行っていた6カ月間、述べ5400人の料理を橋本ママは無償で作りました。
1日に多いときで40~50人にもなるボランティア、それでもママは手を抜きませんでした。
そして、彼女には料理を作る上でのこだわりがありました。
「とにかく、味噌汁だけは欠かさなかった。ある程度、バランスは考えていたつもり」
「お味噌汁は具だくさんにして、栄養を付けられるように・・・」と、本でも語られています。
被災地で、ある食材を使って、その中でもこだわりを持って料理を作ってくれていました。

・ボランティアからみて、橋本ママの料理とは・・・
「橋本ママに会うまでは、軍隊用の食事を食べていた」と語るINJMの代表ジェイミーエルバナさん。
「自分の好きな料理は牛タンシチュー。すぐ食べられると思ったのに、『まだまだ、3日掛かるの』と言われて、驚いた・・・ママの食へのこだわりが素晴らしかった」
そして、INJMの理事石川さんも「食に対する情熱が素晴らしい」と続けてお話しました。
「橋本さんの住んでいることは、全壊区域で、本当に悲惨な状況のところに住んでいて、
ある食材で、いかにたくさんのボランティアさんに美味しく食べてもらえるか・・・という情熱が素晴らしい」

橋本ママは尽かさず、
「私が一番、楽しくて楽しくて、ありがたくてありがたくて、毎日毎日来てくれて・・・感謝感謝。
ありがとうございます。世界中に息子、娘たちがいっぱいいて、本当に幸せだ。」と、満面の笑みを浮かべてお話ししてくれました。
Photo courtesy of Hai

・INJMからママへ、そして読者の皆さんへ一言
「この本はただのレシピ本ではなくて、もちろんママの東北独特の家庭料理のレシピも入っていますが、ボランティアに来た人たちの活動経験談だったり、橋本ママに会って料理だけではなくて、ママの人柄に本当に人生に影響を与えられたという話も入っています。
被災者から見た震災、支援者から見た震災だったり、色々な要素が入っています。
たくさんの外国人がボランティアをしに、石巻に来て、橋本ママに出会いました。
そういう人たちにも感謝の気持ちを形として残したいということで、英語訳も入っています。
ご飯以上の温かいものを被災地で頂いたので、この本を通して、被災地で本当に最悪な状況から這い上がって震災にも負けないで、ボランティアさんとの交流を通して、一生懸命頑張っているお母さんが被災地にいるということをこの本を通して伝えられればいいなと思っています。」



セブン&アイ出版の方が5分でまとめたイベントの動画はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=3vLzTaU96Dc


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橋本ママを後ろで見守っていたのは、旦那様の清矩さん(通称 のりちゃん)です。
あまり表には出ない人ですが、のりちゃんこそ、大黒柱なのです。

よく、ママは言います。
「のりちゃんが、『やるならとことんやれ』と言ってくれなければ、私はできなかった」
夫婦の固い絆と大きな愛情が、ボランティアの人たちの心に響き、それが、1冊の本という形になりました。本では語りきれないほど、たくさんの思い出が橋本夫婦に出会った人たち、一人ひとりにあると思います。
それは、各々でお2人に語っていただきましょう。

石巻に国境を越えた、大家族がいます。

その家族の胃袋と心を掴んだ、肝っ玉お母さんのレシピ本が世界に飛び出しました。


photo courtesy of Hai

(取材日 平成25年2月18日)
写真提供:Hai Huynh, Jamie El-Banna, Joe Kern, Tatsumi Fujii