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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年1月21日月曜日

2013年1月21日月曜日11:15
皆さんこんにちは。けいこです。

山元町の復興を支えるイチゴ。
イチゴ農家それぞれに復興へのストーリーと復興に懸ける熱い思いがあります。
今回は、IT技術で山元町のイチゴ栽培の復興を目指す、農業生産法人株式会社GRAの研究農場にお邪魔しました。

ビニールハウスの中には、収穫時期を迎えたおいしそうなイチゴがたくさんなっていました。

お話を伺ったのは、代表取締役CEOの岩佐大輝さん。
岩佐さんは山元町出身で、現在は東京で自らが立ち上げたIT会社の代表をしています。
地震が起きてから現在のイチゴ栽培に至るまでの岩佐さんの思い、そして、山元町に対する思いなどをお聞きしました。

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GRAの農場があるのは、海から約3キロ離れた場所。
津波で冠水し作付ができなくなった田んぼに広さ7,000平方メートルの大きなビニールハウスを建て、この場所を出発地点としています。

広い敷地内をセグウェイで移動。
イチゴの栽培と並行してトマト栽培も行っています。
赤く実ったイチゴを手にする岩佐さん。












GRAの栽培方法の特徴は、IT技術が駆使されているところです。
温度、湿度、日射量、二酸化炭素量などが栽培に適した値となるようにコントロールされています。
そしてその技術が支えるのは、山元町で昔からイチゴの栽培に携わってきた農家の知恵とノウハウ。
それらのノウハウがデータとして蓄積され、これからの復興を目指したイチゴ栽培の礎となるのです。
岩佐さんの持つITの知識と、長年積み重ねられた農家の実績。
その2つが固くつながった「IT×農業」という新しい形によって、質の良いイチゴを安定して作り出すことが可能になります。

これは、被災した農家の事業再建にとって非常に頼もしいことです。

室温が30度に保たれたビニールハウス内には、
日差しがたくさん降り注いでいました。
イチゴは糖度が高いこと、形が良いこと、
そして、適度な硬さとつやの良さが大事だそうです。
いただいたイチゴの実の、つやつやとした赤い色に思わず見入ってしまいます。
また、形の良さにも目を引かれます。
これには、夏の時期の管理とミツバチが重要なのだとか。
ミツバチが花の周りを飛び回り、受粉がきちんと行われることによってきれいな形になるそうです。

イチゴの栽培に欠かせないミツバチ。
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山元町の今、そして未来を引っ張っていこうとする岩佐さん。
震災が起きた時は東京にいて、故郷が津波に飲み込まれる瞬間をテレビの画面を通して見ていたそうです。

「東京に出てからほとんど山元町に帰ることはありませんでしたが、仙台空港が津波に飲み込まれる映像を見た瞬間、“あぁ、実家も津波に飲み込まれてなくなってしまったんだろうなぁ”と思っていました。両親、親戚、そして友人の安否も分からない。たくさんの人が困っている中、私たちは何ができるんだろうと考えた時、ITを使った安否確認システムを作ろうと思ったんです」

震災が起きてからたった1日で山元町の安否情報確認のためのポータルサイトを立ち上げます。
その行動力と、行動の速さにはとても驚きました。
岩佐さんご自身は、震災から4日後にようやく家族の無事が確認できたそうです。

「3月はまだまだ寒い時期ですからね。救助を待っている方や避難をしている方にとって、1分1秒がとても長かったと思うんです。その方たちのためにも、遠くで情報を待っている人たちにとっても、これはもうスピード勝負だと思っていました」

ブログを使いリアルタイムで発信される情報は、山元町と山元町に住む人を思う方たちの大事な情報源となっていました。
地震直後から何万件ものアクセスがあり、海外からのアクセスもあったそうです。



GRAの発足は、2011年5月。
その年の7月にはNPO法人となり、年末には農業生産法人も設立。
徐々に活動の範囲を広げていきます。
発足当初は、がれきの片付けや泥かきなどのボランティアもしていたそうですが、
「町が持つ強みを引き出すことで、より復興へ近道になる」
という思いから農業の支援を始め、復興の旗印にしたと言います。

「日本の農業全体の生産率を上げていき、グローバルなレベルの農業を日本から作っていきたいですね。震災には関係ないような大きなテーマではありますが、今までは農家の方たちの経験や勘に頼っていたことをIT化することで、グローバルに勝負ができると思っています」

そして現在、インドでのイチゴ栽培が進められています。
GRAのメンバーが現地に渡りその栽培技術を伝え、経済発展が進むインドに日本産のイチゴの普及を目指します。
山元町で育ってきたイチゴは海を越え、栽培方法とともに世界にその根を深く張り巡らせます。
「YAMAMOTO」の名前が世界に知れ渡る日も近いかもしれません。

「この町を復興させるためには、地域に強いブランドを作らなければならないと考えています。例えば、“魚沼産のコシヒカリ”がありますよね。そんなブランドを作っていかないと、この町の復興には結び付かないと思います」

この農場で収穫されたイチゴは「MIGAKI-ICHIGO」として出荷されています。
おいしい瞬間をそのまま届けられるよう、朝に採れたイチゴを店頭に並べているのだとか。
通常の流通経路を通らないところも、山元町のおいしいイチゴを届けるため。
かわいいロゴマークが目立つパッケージからも、おいしさが伝わってきますね。

パッケージにはダイヤモンドをモチーフにした
かわいいロゴマークが。


大粒でつやつやとした見た目は
まさに「食べる宝石」です。











岩佐さんが立ち上げた「GRA」グループは、「教育」や「交流」にも力を入れています。
NPO法人GRAでは、「東北発次世代リーダープロジェクト」という山元町の中学生に向けて仕事のやりがいを伝え、子どもたちの可能性を広げる活動を。
そして、「山元町いこうプロジェクト」では月に1度、山元町でボランティア活動や交流イベントを行っています。
来年はさらにこの「農業」、「教育」、「交流」の三本柱を基本に、よりスピードアップさせて活動を進めていきたいと話してくれました。

「復興⇒創造」
MIGAKI-ICHIGO!

「MIGAKI-ICHIGO」は、仙台市の百貨店「藤崎」で購入できます。
山元町の復興の一歩が踏み出された証しとも言えるこのイチゴ。
ぜひ一度味わってみてはいかがでしょうか。
きっと食卓が笑顔でいっぱいになるはずです。

(取材日 平成24年12月25日)