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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年1月24日木曜日

2013年1月24日木曜日16:05
こんにちは、Chocoです。

「1月20日、『中里さんの日』」
ボランティアのスケジュールボードに赤い文字で書かれていました。

1年以上前からボランティアが縁でずっと仲良くお付き合いさせてもらっている船越の漁師、中里孝一さんの新造船が海を走る初日でもあり、この日は、再出航の日でもあります。


私は田んぼに囲まれた村で生まれ育ちましたが、そこにはたくましい農家の男の人がたくさんいます。それと同じで、沿岸には海の男がいます。
しかし、津波の影響で漁に使う道具や小屋や船は、全て流されてしまいました。
海の男(漁師)たちも震災後は、個人漁ではなく、共同漁業として仕事を再開したり、漁師を断念したりさまざまでした。

中里さんは、共同漁業を地元の漁師と共に震災後から行っていました。

震災前から使っていたものと同じ型の新造船は、一昨年の12月初めにオーダーをして、約1年1カ月で完成しました。
ようやく、「孝丸」は、海へ舞台を戻すことができました。



「第五孝丸」の最終点検をしている中里さん。とても格好いい後ろ姿でした。


 


石巻市の長面(ながつら)浦の尾崎(おのさき)で孝丸は造られました。



漁師仲間が手伝いトラックに乗せて、海まで運びます。
長面と尾崎を結ぶ橋を過ぎたところで、クレーンを使って孝丸は海へ移動しました。


その作業を見守り、私たちは孝丸の故郷、第五孝丸にとっては初めての船越へ、
一足お先に向かいました。

船越には、漁師仲間や、地元の方々、ボランティアの人たちがたくさん集まっていました。
私たちが来て数分後、遠くから勢いよく船がやってきました。
第五孝丸です。
皆が歓声を上げます。
大漁旗をなびかせ、海を走ります。


堤防に立っている多くの人々を見たその時を振り返って、中里さんは、照れくさそうに言いました。
「すぐ、入ってきたかったんだけど、人の姿の影とかいっぱい見えたから涙が出たー」

海の神様に祈りを込めて、漁師さんたちが合掌しました。
そして、お祝いに駆けつけてくれた人々へ祝いの餅まきをしました。


紫の旗が私たちのボランティアの大漁旗
アメリカ人のリサさんから届いたメッセージカードを読んでいる中里さん

私たちの団体からも大漁旗を贈り、海外からのメンバーからはお祝いのメッセージが中里さんの元へ届けられました。
私たちの団体の中でも中里さんは大人気なのです。

「この震災が、千年に1回。
その中さ、自分たちが、どっぽりはまってしまったんだけども、
たまたま自分たちが生きているときに巡り会ってしまった。
それをどのように前に進んでいくか・・・。

これまで(震災後)、みんなで共同で仕事してきて相違が多々あった。
けど、楽しい思い出もいっぱいあった。
震災のおかげで出会いがたくさんあった。
たくさんの人が船越に来てくれた。
あのまま震災がなければ、ただのんべんだらりと普通の人生で終わっていたわけさ。
それが、この震災でいろんな人と出会うことができて、
私はかえって、人間としても、男としても、大人としても自分では成長したと思っています。
震災のおかげでね。
辛い思いした人はいっぱいいるんだけっど、私の場合はそのように考えている」
と、震災を経て、今までを振り返りました。

中里さんが震災後から更新しているブログでも、今回のことをこう語っています。
皆様のお陰で、やっとここまで たどり着くことが出来ました。 心が折れず 気持ちをつなぎ止める事が出来たのは、ボランティアの皆様・支援してくれた皆様・ブログで応援してくれた皆様のお陰です。 子供の頃、遠足の前の晩に嬉しくて眠れなかった日のことを、この年になって また経験した しだいです。頑張ります、これまで以上に頑張るだけです。」


「心」
中里 孝一
「漁師とは・・・」と聞いたとき、中里さんは「心で魚を捕る!!」
「熱い心、厳しい心をもつ。妥協は許さない・・・厳しんだどぉ~」
と、の意味を教えてくれました。

1月20日、漁師・中里さんの祝いの日、
いつもの陽気な中里さん、いつもと違った一面、
そして、「漁師の熱い心」を見ることができた日でもありました。
皆のメッセージをしょって海へ出ます!!

再出航の日の3日前、私とボランティア仲間は中里さんが出航に向けて作業をしている尾崎に会いに行きました。
「船1隻でベンツが3台買えるんだぞ」
と、私に教えてくれました。

皆さん、想像つきますか?
家もなくなり、何隻もあった船もなくなった・・・
津波で、皆さんの日常が消えてしまったんです。
震災から2年が経とうとしています。
震災後の生活にも以前とは違った”日常”が被災地では流れています。

そして、ここには”漁師の人生としての日常”を取り戻す第1歩を進んだ人がいます。
私の大好きな漁師さんの一人、中里孝一さん。
これからもズーズー弁を交わしながら、第五孝丸と中里さんを追いかけようと思います。


(取材日 平成25年1月20日)