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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年1月15日火曜日

2013年1月15日火曜日16:26
こんにちは、Chocoです。
昨年暮れに取材をさせていただいて、とても印象に残った言葉があります。

「何もしなけりゃ現状維持か衰退しかない。何かしたら下手こくか、成功するかどちらかだ」

何かすることをためらっているとき、皆さんならどうやって行動に移しますか。

この言葉で、地元の人たちの底力をよみがえらせている人たちがいます。



今回は、以前ご紹介した「IBUKIプロジェクト」の堀越千世さんも所属している、牡鹿半島の「復興応援隊」の方々のお話です。

以前のブログ「IBUKIプロジェクト」→http://kokoropress.blogspot.jp/2012/12/blog-post_1007.html


その方々とお会いしたのは、鮎川浜にある仮設商店街「おしかのれん街」でした。
そこは、石巻の街地から車で約1時間のところにあります。


のれん街の向かい側には、旧牡鹿公民館があり、以前はボランティアセンターとして使われていました。

右側にあるのが、ボランティアセンター
Photo by Mike Connolly 
朝9時になると駐車場は大型バスや個人の自家用車がずらっと並び、その日の作業が振り分けられ、各自現地に向かうのでした。
                      ガレキを運ぶ作業               Photo by Mio Shimizu

館内では、地元の方が撮った津波の映像が大きなスクリーンに映されていました。

ボランティアに来た私たちは、その映像に釘付けになっていました。

久しぶりに鮎川浜に来た私は、そんなことを思い出しました。


今回お話しするのは、「復興応援隊」の活動についてです。

「復興応援隊」とは、その名の通り、被災地の地域づくりを支援する人たちのことを言います。
平成24年1月6日付けの復興支援員推進要綱(総行人第60号総務省人材力活性化・連携交流
室長名通知)に基づいて、宮城県が実施している事業です。県内の7カ所に隊員を置き、被災者の生活支援やコミュニティ再構築支援,観光を含めた地域産業振興などの実行に必要な業務を中心に行っています。

その中の1カ所である牡鹿半島で活動している大森さんと堀越さんにお話をお聞きしました。


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大森さんは生まれも育ちも牡鹿。
応援隊だけでなく、水産業の卸売会社で社長を努めています。
堀越さんは以前紹介しましたが、ボランティア活動がきっかけで移住し、応援隊の傍ら、古民家の再生プロジェクトなどにも取り組んでいます。

牡鹿にいる状況は異なる2人ですが、「牡鹿への強い想い」は同じです。
「何とかしたい。何とか町を盛り上げたい」という想いで地元の方々と本気で向き合っています。

そんな「牡鹿 復興応援隊」の活動の中心となるのが「がんばってっちゃ牡鹿プロジェクト」です。
このプロジェクトは、漁業・経済・観光等の連携と地域活性化を目的として昨年の1月に発足しました。
現在、プロジェクトの参加者は30人以上。
今までに、地元の人々は牡鹿でのイベントの開催、外部イベントへの参加、出店等の活動をしてきました。

「誰のものでもない、みんなの『がんばってっちゃ牡鹿』」と2人は言います。

震災から2年がたとうとしているのに、支援から離れている(自立している)人もいれば、まだ支援を必要としている人もいます。やっている中で行き詰まる人もいます。
色々な人がいるけれど、そういった方々が再び立ち上がる場所、頑張れる場所がこの「がんばってっちゃ牡鹿」なのです。


現在は鮎川浜を中心に活動している「復興応援隊」ですが、今後は牡鹿半島全体に活動を広めていく予定です。

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ところで、牡鹿半島の観光名所と言えば、「金華山」「金山神社」です。

「金華山の復興がなければ、復興はない」と2人の復興への想いは強く、現在、黄金山神社の禰宜さんを中心として復興を目指しているプロジェクトへのサポートも行っています。

地元の人たちの「やりたい」という一言で、「復興応援隊」の皆さんは、一緒に頑張っています。

「オトコ(オンナ)らしく!!」
復興応援隊員 大森 圭さん
  堀越 千世さん

大森さんにとっては、一度は外に出たけれど、今では愛着の湧く故郷。
堀越さんは、都会の生活を捨ててここへ移り住み、今では第二の故郷。
「なぜ今も、ここに残っているのですか?」 ・・・そんな質問をしてみました。


「ここも10年後には復興してずいぶん変わっているはず。その街づくりに関わったことが自分にとって誇りになるだろう」
と大森さんは言います。

堀越さんは、
「被災された方の傷は被災された人にしか分からない。理解したくても理解することはできない。けれど、マイナスがプラスになっていく・・・それがどうなっていくのかここで見たかった。そして、それに関われることがうれしい」
と、牡鹿半島に移り住んだ想いをお話ししてくれました。


文頭の言葉・・・
「何もしなけりゃ現状維持か衰退しかない。何かしたら下手こくか、成功するかどちらかだ」

これは、大森さんが地元の人によく言う言葉だそうです。
自分を信じ、恐れずにやることで、たとえ失敗という結果でも、そこから得た貴重な経験が
後に肥やしとなり、財産となるのです。

失敗を恐れず何事も行ってきた大森さんだから、この言葉は地元の人々に響きます。
そして、大森さんや地元の人々を大きな器で支える堀越さん・・・。
メッセージボードの言葉通り、オトコらしい大森さんと、オンナらしい堀越さんたち「復興応援隊」が牡鹿の住民の皆さんを応援しています。

そして、「復興応援隊」の力を借りながら、地元の人々も少しずつ前へ前へ進んでいます。



(取材日 平成24年12月15日)



復興応援隊http://www.pref.miyagi.jp/site/hukkousien/futtukou-ouentai.html

がんばってっちゃ牡鹿プロジェクトhttp://fightoshika.blog.fc2.com/

おしかのれん街(牡鹿鮎川浜仮設商店会)http://asu-net.info/regional/164