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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年1月6日日曜日

2013年1月6日日曜日13:48

ココロデスクです。

2013年が明けました。
昨年来(いや、もう一昨年になりますね)、私は石巻の牡鹿半島や金華山を何度か訪れてきました。牡鹿半島の観光復興に取り組んでいるボランティアに参加しながら、その様子をココロプレスで報告するためです。

いろいろな地域をまんべんなく見て回ることも大切なことですが、1人の人間にできることは限られています。目的地を絞り込み、そこを繰り返し訪れることによって、復興のサインを少しでも見付けていきたいと思います。


さてそんな訳で、昨年に引き続き今年も金華山の初詣客支援のボランティアに参加しました。家の用事などを片付けてようやく仙台を出発したのは、大晦日も午後になってから。

道中、距離計に「7」が5つ並びました。来年は良いことあるかなぁ。

鮎川港には翌朝6時半の集合ですが、ベースキャンプとしていつもお世話になっている石巻市苔浦の阿部勝子さんのお宅に今回もご厄介になりました。ここで先に来ていた仲間とも合流です。
ご家族に混じって年越しの食卓を囲み、紅白歌合戦を観ながらの団欒に加わらせていただきました。

年越しということで、ごちそうはさらにボリュームアップ!

これは、阿部さんのお宅の神棚です。
仏壇と押入れの上いっぱいに、2階のように鎮座しています。


三陸の漁師の家特有の大きな神棚で、幅は二間半(約4.5メートル)もあります。小さな部屋1つ分はありそうな広さです。
こうした神棚は震災の前には各地で見掛けましたが、その多くは失われてしまったのではないでしょうか。幸いこの辺りは万石浦に守られて津波被害をあまり受けなかったため、この貴重な文化遺産も残りました。ずっと受け継がれていってほしいと願います。


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元旦は今年も晴れ。
5時過ぎに出発した時は、まだ星が瞬いていました。
車は一路、牡鹿半島を南下して鮎川港へ。徐々に東の空が白んでいきます。
鮎川港に到着した時には、水平線が茜色に染まりました。
夜中に着いて車中で仮眠をしていたのでしょうか。駐車場には、すでに十数台の車が停まっていました。

金華山への渡航手段は、今は海上タクシーしかありません。震災の前は72人乗りの定期船が運行していたのですが、津波で金華山の船着場が損壊してしまったためです。
海上タクシーを運営しているのはいずれも家族経営に近い小規模な会社で、今日のように乗客が集中する時は船を運航するだけで精一杯。乗客の誘導までは手が回りません。
そこで昨年に引き続き、「初詣・観光ボランティア」が応援することになったのです。

今年は、「風の旅行社」という旅行会社が主催するボランティアツアーの参加者9人が活動に加わっていて、3日前から金華山で受け入れ準備に取り組んでいます。
そのため金華山側での参詣客受け入れは彼らが担当し、私たちは鮎川港での駐車場誘導を担当しました。
港周辺はがれきこそ片付いたものの、まとまった駐車スペースが確保できません。メンバー4人で、数カ所に分散した臨時駐車場に車を誘導するのです。

乗船券売り場です。

昨年との大きな違いは、「乗船券売り場」が建てられたこと。
小さなプレハブですが、昨年はキャンピングカーを使って臨時売り場にしていたことを思えば大きな前進です。


看板には「金華山航路事業組合」とあります。海上タクシーを運行する3社の組合です。いつもは営業面でしのぎを削る3社ですが、利用者の集中するこの期間は共同運行に切り替えてスムーズな輸送に務めています。

海上タクシーは12人乗りです。

第1便の出航は7時。
1便につき12人ずつ。乗客の乗り降りも含めて約40分で1往復です。
この日は快晴で風も穏やか。順調にピストン輸送が進みました。

日が高くなっても、到着する自動車は途切れません。参詣から戻った乗客もあり、誘導の仕事はそれなりに繁盛しました。

ほとんどがマイカーですが、参詣ツアーのバスも1台ありました。去年はなかったことなので、こうして金華山が再びツアーのルートとして思い出されたということも、大きな前進です。

「仙台光のページェントと金華山・黄金山神社参詣」
首都圏から来たツアーバスです。

午後になるとややペースダウン。島ではまだ十分に宿泊を受け入れることができないため、ほとんどが日帰り客です。帰りの便を考えると2時ぐらいが往路の最後です。

席が空いてきたのを見計らい、混雑する帰り船の乗船誘導のために私たちも金華山に渡りました。

「シードリーム号」には松飾りも。
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昨年は海上タクシーでの初詣客輸送が初めてだったため、帰り船への案内がうまくいきませんでした。参詣客が帰る時間が集中してしまい、寒さの中を長時間お待たせしてしまったのです。
今年はその失敗を踏まえて案内方法を工夫したため、だいぶスムーズになりました。

少し余裕があったので、私たちも初詣を。
震災復興、家内安全、商売繁盛、学業成就・・・・・・、わずかばかりのお賽銭で、ちょっと図々しかったでしょうか。



ボランティアツアーの皆さんの仕事は、清掃から事務作業、神符授与所(売店)まで。
引率していたのは、このブログでもご紹介したことのある面々でした。

「ボランティアセンタを支援する会・山形」の押切さん。
売店で店番ですが、ちょっとヒマそう。





スマイルシードの黄本さんは、なんと巫女さんに。













東京造形大学の益田先生たちが昨秋から取り組んでいたホームページのリニューアルも、完了していました。スッキリとしたデザインで、とても読みやすくなりました。

金華山の新しいホームページ http://kinkasan.jp/


昨年は洋上で初日の出を拝みました。
今年は、「初日の入り」を金華山から拝みました。




そして、最後の参詣客を乗せ、私たちも次の便で鮎川港へ。



今回のボランティアの参加者の1人、朔(はじめ)健太郎さん。昨年一緒に活動した「NPO キャンパー」のメンバーです。昨年はお父さんも一緒に来ていました。
「キャンパー」は今年は団体としては参加していないのですが、個人として参加してくれました。
はるばる神戸から1000キロメートルを1人で運転してやって来ました。

「今、出来る事を 精一杯!! NPOキャンパー 朔 健太郎」


「来年も来るよね? 金華山に3年続けてお参りすると一生お金に困らないって言うし(笑)」
そう尋ねると、
「う~ん」
と困った顔をしていましたが、きっとまた来てくれると思います。

「金華山音頭」



朔さんの愛車。快適な休憩時間を提供してくれました。
帰りの道中は大変だったらしく、
つい先程、無事に到着したとの知らせがありました。
木曜日に石巻を出発して3日目。長旅でしたね。お疲れさま。


あと2カ月ほどで、震災から丸2年がたちます。

観光と、捕鯨をはじめとする漁業を両輪として回っていた牡鹿半島・鮎川が復興するためには、
やはりこの2つ---観光と漁業の再起がカギです。

かつて街があった港の周辺は、まだがれきが片付いただけ。その光景を眺める限り、復興はいつになるのかと不安になります。

しかし、こうして関心を持ち続けて遠くから来てくれる人たちが途切れなければ、少しずつでも前に進むことができます。それは被災した地域全てに言えることです。

支援してくださる方々への感謝を、ココロプレスは被災した地域とともにこれからもお伝えしていきたいと思います。


(取材日 平成25年1月1日)