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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年11月30日金曜日

2012年11月30日金曜日9:07


皆さん、こんにちは。スーサンです。

大変珍しい祭りがあるということを聞き、丸森町にやって来ました。

丸森町は県の最南端にあります。阿武隈川沿いにある町役場からさらに山間部の県道に入り、30分ほど車を走らせることで、ようやく筆甫(ひっぽ)地区に到着しました。宮城県でありながら、福島県に限りなく近いところです。

祭りというのは、この地区にある「筆神社」で開催される「ひっぽ筆まつり」というものでした。


厳かに始まった例大祭でした
建物は5角形で、2つの柱は筆なのです
厳かに神事が執り行われていきます。参加者も神妙な面持ちに見えました。おはらいや独特の節回しの祝詞に続き、社(やしろ)には、たくさんの筆や鉛筆が持ち込まれました。これから、供養されるというのです。

驚いてしまいました。実はこの神社、15年前に地元の人たちが地域おこしのため、自分たちでつくってしまったものなのです。

木皿さんら地域おこしのメンバーが神社を建立しました

「地域の中で子どもが1人も生まれない年があって、これをきっかけに過疎の地域を何とかしようと思いました。地域の若手が中心となって、山に入り、木を切り出し、手づくりで建立したものです。地域のシンボルにしたかったのです」

地域おこしのグループの、設立当初からのメンバーである木皿理さんは、こう話しました。

筆神社は、旧筆甫村の村社だった「八雲神社」の境内にあり、正式には同神社の末社に位置付けられているとのことです。

小高い山にある筆神社から望む、自然豊かな風景
新しい神社は、風変わりな地名を最大限に生かしました。筆甫とは、伊達政宗がこの周辺を検地した際に、最も早く帳簿に記したという伝説に由来しています。筆は文字通り、筆です。「甫(ほ)」は「始め」という意味です。筆の始めとは、文字文化の発祥の地、情報の発信の場と読み取れたのです。

筆に代表される筆記具は古来、文字を書く道具として人と人との意思の伝達や記録を担ってきました。文字だけでなく絵も生み出しています。こうして、筆の功績を讃えていこうという、神社のコンセプトが決まりました。

社は鉛筆に似せて5角形となっています。「ゴカク」と、縁起のいい「合格」を掛けた結果です。社の前に立つ柱は太い筆を模しています。「試験に合格する」「達筆になる」など、ご利益も整えました。例大祭の開催日は、「いいふみの日」である11月23日に設定されました。

例大祭は華々しいデビューを飾ったといいます。平成9年当時、NHKが生中継で全国に放映し、海外へも伝えたのです。筆神社の知名度は年々、上がりました。受験生をはじめ、書道家、漫画家を志す人などが祈願に訪れるようになります。地域おこしの効果は確実にあったようで、ついには、外部からの定住者も現れたといいます。

供養のためにたくさんの筆記具が寄せられました
筆記具を供養するために炎が燃え盛ります。200人近くの参加者が見つめ、筆の上達などを願いました。粛々と進んだ神事は、参加者の代表数人による玉串の供えで終了へと向かいました。

この後、参加者にはお神酒(みき)が無料でふるまわれ、地元の方々から伝統の「筆甫謡曲」「筆甫神楽」が奉納されました。「地域では一番のお祭りで、楽しみにしていました」と地元の方。「人も自然も文化も好きになりました」とは町外からの来客です。境内は、歌と踊りで一段と和んだ雰囲気に包まれました。

もう1つの奉納の演目は「霊山太鼓」でした。丸森町に隣接する伊達市霊山町から、「霊山太鼓 大石北組保存会」の面々が今回初めて来訪したのです。テンポがよく野太い太鼓の響きに、ノリのすこぶるよい観客の手拍子が重なり、大いに盛り上がりました。

2つの地域の交流は、大分昔には峠を越えることであったといいます。しかし、車社会となり、両地域を結ぶ県道の開通が見送られてからは、疎遠になるばかりでした。

今回の交流は、県が筆甫地区に派遣する「地域おこし協力隊」隊員により、伊達市の同様の協力隊隊員に対しての働き掛けがあったことで、実現したといいます。

地元伝来の「筆甫神楽」は、おめでたい席で披露されてきました

お隣の伊達市霊山町から駆け付けた「霊山太鼓」

太鼓のリズムにノリのよい、すてきなお客様でした

故郷とは何だろうと、少し考えてみました。

祭りの実行委員会の副代表である引地弘行さんが、筆神社のスタートに至る次のようなエピソードを披露してくれました。

「地元のことを何も知らない、ということもあったのでしょう。高校進学で町の外に出た時に、ふるさとのことを聞かれるのがとても嫌でした。『丸森の出身? どの辺り?』。何をどう説明したらいいか迷いました。ひっぽではなく、『しっぽ』と、からかわれる友達もいました。ひっぽが、分かってもらえなかったのです。就職し町を離れた人を含めて、皆がこうしたような同じ思いを持っていたはずです」

「筆甫は大丈夫。はじめの一歩になる」と、引地さん

今ではすっかり、「あの、ひっぽ?」と聞かれるようになったのだそうです。

一方で、現在の筆甫には、福島第1原発の事故が影を落としているようなのです。

県内では最も福島第1原発に近い丸森町。原発事故による放射能汚染の値が高いというイメージで語らえることは、多いといいます。「楽しいはずの行事を素直に喜べるようになりたい」。林業をはじめとして職を失う人が出てきている地元からは、県や国に具体的な施策を待望する声が聞こえてきました。

筆記具を火にくべて供養する子どもたち。故郷での健やかな成長が願いです

筆甫の祭りの実行委員会の人たちが、霊山町の太鼓の演奏者たちと話し合っていました。テーマは広域観光。仙台などからの観光客を一緒に呼び込めば、筆甫、霊山町ともに観光需要の幅が広がるのではないか、というのが結論のようでした。祭りは良いきっかけになったのです。

正式なPRをしなかったこともあり、祭りの参加者数は例年の半分以下となりましたが、筆神社が果たしていく役割は大きいと感じました。昨年は一般参加を受け入れず、神事だけの開催に終わりました。今年は本格開催となり、地域の復興へ向かって着実に歩を進めたのです。

「筆甫は大丈夫。安心して住めるところだとアピールできました。これからもいろんなことを発信していきたい」と引地さん。丸森町筆甫地区は、また、「はじめの一歩」を踏み出したのです。エールを送っていきたいものです。

(取材日 平成24年11月23日)