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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年11月13日火曜日

2012年11月13日火曜日13:48
皆さんこんにちは。
けいこです。

今回は山元町に向かいました。
山元町へ向かう道路からは、津波で歯抜けになった松林が見えます。
道路標識は国道6号線の通行止めを知らせ、まだまだ沿岸部は被災の色が濃く残ってるのを感じました。

そんな中、自ら被災しながらもイチゴで再起を図る若い3人がいます。
その3人が設立したのが、株式会社一苺一笑。
栽培ハウスの工事が続く中、苗の植え付けの作業中にお邪魔させていただき、代表の佐藤拓実さんに会社設立までの経緯や今後の意気込みをお聞きしました。

水田地帯の一角に建てられた栽培ハウス。
ここから再起を図ります。


宮城県特産「もういっこ」の苗。
爽やかな甘さが特徴のイチゴです。
収穫は年末ごろを予定。
年明けには食卓に上りそうです。





















一苺一笑の中心になっているのは佐藤さん、土生哲也さん、作間勝視さん
震災前3人はそれぞれ別のイチゴ農家として仕事をしていましたが、被災を受けたことをきっかけに協同してイチゴの栽培をすることになりました。

「施設や設備を元通りに復帰させるのに、個人では多額な資金が必要になります。それに加えて、今までイチゴの栽培をしてきた家族が高齢になってきたということ、いずれは栽培面積を減らしていこうという計画もあることなどを踏まえると法人化するのが最善なのでは、と思いました」


苗の植え付け作業をする土生さんと佐藤さん(右)
苗を20センチ間隔で植えていきます。

自らも被災しているため、個人での負担はとても大きくなる。
そのため、協同で資金を持ち寄り、設立に至ったという訳です。
法人化することは、家族経営と違い技術面や販売面でも新しい経営の可能性を広げるといいます。

山元町は東北でもトップを誇るイチゴの産地。
しかし、東日本大震災の津波で8割近い農地が海水に浸かってしまいました。
この農地被災率は今回の津波で被災した市町村の中でも高い割合です。
町内にあった約130軒のイチゴ農家も、震災後には10軒ほどになり、栽培施設の9割近くは壊滅的な被害を受けました。
震災で何もかもが失われながらも、何としてでも動き出さなければならない中、たくさんの苦労があったと佐藤さんは話を続けます。

「何もかもが初めてだったので何をするにも大変でした。それに被災者なので家も何も持っていない。そんな中で収支計画を何度何度も練り直したり、今後の道筋を立てることは本当に大変でした」

文字通り、ゼロからのスタート。
震災当時は、“今”を過ごすだけでも相当大変だったと容易に想像がつきます。
それでも先を見据え、たくさんの壁を乗り越えながらもイチゴの産地の未来のために邁進している3人。
今後は10人の雇用も視野に入れているそうです。
若い力の集まりがどんどん広がり、山元町の農業を支えていくと思うととても心強いです。



「産地の未来のため 私達は始めます」
(後列左)代表・佐藤さん(後列中央)作間さん、(前列右)土生さん 

「産地の未来のため 私たちは始めます」
力強い言葉をいただきました。

山元町の復興の象徴ともいえるイチゴの生産再開。
震災前の生産量に戻るにはまだまだ時間がかかるとのことでしたが、
年末にはハウスいっぱいにイチゴの実が成り、年明けには食卓に上りそうです。

山元町のブランドでもあるイチゴをこれからも多くの人に届け続けてほしいと思いました。


(取材日 平成24年10月27日)