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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年10月23日火曜日

2012年10月23日火曜日20:47
秋の空の美しさに心を奪われて電柱にぶっかったkaiiです。

今日は、東日本大震災後1カ月目から気仙沼市に入った巡回療養支援隊の看護師で、事務局としても働いていた齋藤幸枝さんと支援についてお話をしました。




気仙沼市内では、震災で開業医の多くが被災しました。医療体制の混乱の中で、巡回療養支援隊は体に変調や不調があってもなかなか病院へ行くことができなかった被災者に、必要な医療と安心を届けてくれました。

巡回療養支援隊は、震災後不足していた地域医療が回復したことから、昨年8月末で解隊しました。しかしその後も、齋藤さんを含めて3人の看護師さんが気仙沼に残りました。彼女たちは、最悪の状態から少しずつ復旧していく気仙沼を一緒に感じたいと言っています。

齋藤さんは今、気仙沼市本吉町の山谷歯科医院で働きながら、気仙沼の人に寄り添い続けています。


「気仙沼に支援に入ってから1年6カ月。瓦礫だらけの町だった気仙沼は少しずつ片付き、空き地の多い町に変化してきました。デコボコ道は舗装され車は走りやすくなりました。住む人たちも少しずつ落ち着きを取り戻してきているように思いますが、不安や不満はたくさんあるのではないかと感じています。これからの気仙沼には今以上に人の笑顔が溢れているまちに復興していってほしいと思っています」


「海のきれいな気仙沼は、自分にとっての新しいふるさとになりました。人が温かくて優しくて・・・自分のことより他人のことを心配して、多くを自分から話すことが少ない気仙沼の人が大好きなんですよ。支援を始めたころには方言に苦労しましたが今は随分慣れました」齋藤さんは気仙沼の人と共に生きることにした理由を教えてくれました。


「支援」=「ともにいきる」 支援することは上下関係や一方的ではいけない。

いつも巡回療養支援隊は同じ目線に立って一緒に考えていてくれたことに気づきます。
いつも私たちは、自分だけが大変で自分が悲劇のヒロインでした。
支援に来てくれた人は、いつもそんな他人の悲しい気持ちを受け止め続けながらいたのだと「支援活動していたころの記憶で消えている部分があるんですよ」と話してくれた齋藤さんの言葉に思いました。

私たちは、自分で歩みだす力をたくさんの人からもらいました。
辛い時にも生きる気力を失っていた時にも、誰かが傍で支えてくれていました。
その多くの人に感謝して復興へ自分たちで歩みだしていかなければいけないと思います。
自分のふるさとの自慢をたくさん見つけ発信していくことも必要なのだと考えています。

「気仙沼が好きです」気仙沼のファンがもっともっと増えて気仙沼が復興するためのエネルギーになってほしいと願っているkaiiです。

(取材日 平成24年10月11日)