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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年10月31日水曜日

2012年10月31日水曜日10:00

はじめまして、スーサンです。
ごくごく簡単に身の上をお伝えしますと、大衡村生まれの仙台市育ちで、小学校卒業までの2年半を気仙沼市で過ごしています。
皆さん、どうかよろしくお付き合いください。



さて、先の震災で事務所や工場が壊滅的な打撃を受けながら、果敢に再建を果たす企業が増えています。今回は、その中の水産加工業者に注目。昭和41年の創業以来、名取市閖上で笹かまぼこなどを作り続けてきた「ささ圭」を訪ねました。


閖上漁港から南西へ5.5kmほど内陸に入った植松地内。新工場は今年922日、国道4号沿いの同社所有地に完成し、本格稼働を迎えました。



新たな拠点は国道4号沿いにあります


販売所を併設しています

鉄骨2階建て、延べ床面積は約1300平方メートルの真新しい施設は、1階が工場、2階が本社事務室となっています。総工費はおよそ7億円。笹かまぼこ、揚げかまぼこの製造ラインはそれぞれ1つあります。いずれも1日の最大生産枚数は5万枚で、合計10万枚というのは旧工場の6万枚をしのぐ数字です。敷地内には販売所も設置されています。


製造を開始してから1カ月以上が経過しますが、どのような段階にあるのでしょうか。「支援のたくさんの方々に感謝したい」と話す佐々木圭亮社長(60)は、こう続けます。


「まだまだ生産には余力があります。やはり1年半のブランクがあって、旧来の取引先と工場を直結できていません。ですから、全商品というわけではなく、売れ筋商品の生産にとどまっています」


笹かまぼこの製造ライン。1日に5万枚の生産が可能です

生産量は震災前の水準の5割といいます。一口に笹かまといっても、例えば同社では現在、①直営店、自動車道サービスエリア売店での販売②近畿圏の生協会員向けの宅配③地元名取市での小売販売――をはじめとしたケースで、それぞれ違った商品作りを行っています。


商談の成果が見えるのは一般に半年後とされていて、先手を打っていた一部の取引先を除けば、今年の年末商戦には間に合わないとのこと。販売が本格化するのにはさらに1年以上かかる見通しです。一方では、全国的に注目度がアップしていて、販路の拡大が期待されています。
                                   
全国から待ち望まれていた笹かまです
                                                                                       
最先端の真空包装機などを導入

待望の新工場オープンまでは、紆余曲折を経たようです。閖上地内にあった本社工場、本店工場、珍味工場は全壊し、内部設備は消失しました。58人いた社員のうち3人が、避難退社後に津波で命を落としています。震災から数日後、佐々木社長はいったん、社員を前に廃業と解雇を告げました。佐々木社長は次のように振り返ります。


「自宅も含めすべてがなくなり、これで終わりだなと思いました。それでも時間が経つにつれて、周囲のアドバイスに耳を貸すことができたと思います。相談した社会保険労務士からは、社員の解雇を要しない休業給付の制度を知らされ、再建を探ることを勧められました。懇意にしている石巻の水産加工業者からは、地域一丸の復興を聞かされ、踏ん切りが付いたのです」

佐々木圭亮社長。メッセージは「めいせいせきじん」――。有名になることはよいことだ、という意味です

こうして、会社を畳む事態は撤回され、存続の方向性が決まりました。再建に当たり真っ先に考え付いたのが、牛タン入りソーセージの販売でした。東北自動車道のサービスエリア売店での人気商品。山形県の製造委託先に材料確保で連絡すると供給は可能ということでしたが、被災の同社は無論、包装機械を失っていました。こうした中で、岩手の製菓メーカーから機械を無償で調達することができたのです。


5月以降の販売は絶好調でした。納入先から次に声が掛かったのは、「笹かまぼこはないのか」ということでした。佐々木社長は震災後しばらくして、震災の日まで使っていた笹かま製造の金属の串を、2000本以上を工場跡地で発見します。1本ずつきれいに磨き、使用可能なものを選り分けていたのです。このことが、大いに役立つことになります。ご本人はこう述べます。


「いろいろ検討してみると、手作りなら何とかなるということになりました。ただ、その技術が持ち合わせているのは、創業者で90歳になる父親だけだったんです。結局、失敗はたくさんありましたが、社員も何とか技術を習得できて、よい結果につながりました」

旧工場などは全壊し、見るも無残な姿に

JR東北本線の名取駅にほど近い名取増田店は、同社では唯一、震災被害を免れていました。店舗の半分のスペースが使われ、手作りの笹かまぼこ工房に改装されました。狭い工房には、すり身を機械でなく棒で練る石臼が必要でしたが、受注生産した広島の業者は同社の被災事情をくんで、無償提供を申し出ます。


佐々木社長の父親であり、すでに引退している佐々木圭司さん(90)が工房に登場したのは、同年7月のことでした。練りから成形、焼きに至る全工程を、ものづくりの原点に立ち返り、高齢者が熱血指導するという光景は反響を呼びました。そして、何より出来立てが食べられるということ、弾力があって昔ながらの味がすること、練り具合によっておいしさが違ってくることが高い評価を得ました。飛ぶような売れ行きで、5000枚の限度を超える注文には、断りを入れざるを得なかったといいます。


この手作りの笹かまは現在、新工場での製品と取って代わられていますが、好評のため、今後も生産が継続される予定です。店頭売りと通販が対象です。

旧本社工場に残されていた社名プレートは、再建の象徴

再建をより具体化したのが、国の「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業」に基づく補助金交付だったといいます。地域経済に貢献できるグループとして、閖上水産加工業組合の9社で申請しています。グループの各社が補助金の交付を受けられるもので、同社は43千万円が認められました。


水産加工業は宮城県の主要産業の一角を占め、多数の雇用を生み出しています。同社の新社屋の完成で、社員は30人までに回復しました。一方では、同加工組合の13社中4社が先の震災で廃業を余儀なくされていて、残念でなりません。


新社屋の入り口の脇に石碑が建立され、傷の入った社名プレートがはめ込まれています。震災の壊滅的状況下で、旧本社工場の門塀に掛かっていたその社名プレートは残りました。同社では企業再興の示唆に富むものとして、記憶にとどめようとしています。名取市の復興計画との兼ね合いから、創業の地、閖上への回帰は断念せざるを得ないといいますが、新たな拠点で大きな飛躍を誓っています。


 (取材日 平成241026日)