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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年10月19日金曜日

2012年10月19日金曜日19:46
えみです。

東日本大震災によって、たくさんの農地が津波によって流されてしまいました。

津波の被害が大きかった塩竈市の浦戸諸島は、菜の花畑が辺り一面に広がる島でした。
しかし、津波によってこの菜の花畑もすべて流されてしまいました。
今日は、被災された浦戸諸島で白菜の種を収穫したお話を聞いて来ました。


この取り組みを行なっているのは仙台市にある明成高等学校調理科の皆さんです。


食育活動を担当している月本麻美子さんにお話をお聞きしました。

明成高校の調理科では、地域『産•官•学•民』連携による食育活動を「リエゾンキッチン」と名付けて進めてきました。
仙台の食文化を伝えるためにどんな食材が良いかと考えているうちに、仙台の姉妹都市である韓国・光州市でもよく食べられている「白菜」に着目し、調べてみました。すると、私たちが知らなかった数多くのことを知ることができました。

日本での白菜の栽培、そして種には長い歴史があります。
それは100年前にさかのぼります。

純粋な白菜の種を採るため、最初は無人島である七ヶ浜町の馬放島に試験場が置かれ、そこで研究が始まりました。
同じ時期に、民間の渡辺採取場さんも白菜の研究を始めました。渡辺採取場さんは、創業から現在に至るまでおよそ90年間白菜の研究をし続けており、産業として白菜の種を広げました。


白菜はアブラナ科の植物ですが、アブラナ科は交雑しやすいため品種の育成は離島で行なわれてきました。近年は浦戸諸島の4つの島(桂島、野々島、寒風沢、朴島)と東松島市にある宮戸諸島でも行なわれていました。

100年前に白菜の採種の研究がおこなわれていた
七ヶ浜町の馬放島


白菜の採種は、浦戸諸島の
桂島(かつらしま)、野々島(ののしま)、寒風沢島(さぶさわじま)、朴島(ほうじま)と
東松島の宮戸諸島で行なわれていました。


しかし、今回の震災によって、白菜畑はすべて津波によって流されてしまいました。地元の方々、関係者、昔から白菜の種を研究してきた人々の思いをここで終わらせたくないという思い入れがありました。

明成高校のリエゾンキッチンに関わってきた有志の方が震災後、浦戸諸島を訪れました。
流された畑でもう一度再生できればと考えましたが、地元の方のお話を聞くと難しいことが分かりました。

諦めかけていたその時、現在82歳になる一人のおばあさんとの運命的な出会いが訪れます。

鈴木はつみさんというその女性は、この島で50年間、白菜の種採りをしている方でした。事情を話したところ「自分の畑を使ってほしい」と申し出てくださり、お持ちのの畑を使わせていただくことになりました。
鈴木さんに会わなければ白菜の種を育てる畑は見つからなかったかもしれません。


鈴木さんは畑に流れ着いたガレキを見て、今年は種採りは無理だろうなあと考えていたそうです。
それが明成高校の生徒有志、島の方々の力を借りて、畑は元通りの使える状態にまで回復することができました。
渡辺採取場さんからの協力もあり、「松島新2号」という白菜の種からできた1000株の苗を昨年の11月に植えました。

今年7月には、その苗から4〜5キログラムというたくさんの量の種を収穫することができました。


野々島では今年も10月末〜11月初旬にかけて、採れた種を植えるそうです。




100年間、絶やさず守りとおしてきた白菜の種。多くの方の苦労と思い入れがある種をここで終わらせたくないという強い思いが野々島の鈴木さんに伝わり、運命的な出会いがあったのかもしれません。



浦戸諸島の野々島
津波の被害が大きく、今もなお島民の多くは仮設住宅に住んでいます。


野々島の港
塩釜港から約30分で到着です。


月本さんは最後に

白菜という身近な食材を調べて行くとその背景には、白菜はアブラナ科で菜の花が咲くことや種取りの島が宮城県の松島湾にあったことなど知らなかったことがたくさんあるんです。100年間という長い歴史の中でいろんな人の思いでつながってきた話なので、宮城の食文化としてこのことをいろんな方に伝えてゆき、食文化の復興をしてゆかなければならない時代になっていると思います。

100年という歴史の中で多くの方が関わりたくさんの方の思い入れがある白菜の種を、ここで絶やさず未来へとつないでゆければいいなと思います。




お話を聞いて•••••

スーパーで簡単に買うことができ、何気なく普段食べている白菜ですが、その背景を調べてゆくと、長い歴史の中にたくさんの方々の思いや苦労があったんですね。被災した農地に新しく白菜の種をまくことよって、白菜の長い歴史は未来へと続くことでしょう。食文化の復興も同時に進んでゆけばいいなと思います。



野々島には10月末〜11月初旬頃、種を植える予定。

そのお話は、あらためてお伝えします。


(取材日 平成24年10月1日)