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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年9月28日金曜日

2012年9月28日金曜日20:32

こんにちは。kaiiです。

「東日本大震災復興祈願碑」が、このほど気仙沼市唐桑町宿浦の早馬神社に建立されました。
その祈願碑に込められた「復興祈願」「後世へ津波を語り継ぐ」の思い。その思いはどんなものなのかをお聞きするために、今日は取材に来ました。

建立された 「東日本大震災復興祈願碑」


「東日本大震災復興祈願碑」(別名、大津波浸水碑)が建立された早馬神社は、海抜約12mの場所にあります。
碑は、この高台にある早馬神社までも津波が押し寄せたこと、津波の恐ろしさや悲惨さ、地震が起こったらすぐに高台へ避難しなければならないことを永久に記録し伝えるために、そして唐桑の復興を願って、建立が計画されたそうです。

早馬神社の宮司さんの大学時代の同窓生や、横浜たちばなライオンズクラブがこの祈願碑の趣旨に賛同し、全国の多くの篤志者のご奉賛によって竣工されたそうです。

祈願碑は高さ2.6mで、上部は波の形が施されていました。
高さ2.2mのところには「大津波浸水高さここまで」と刻まれ、大津波がこの高さまで到達したことが目で見られるようになっています。
創建されて約800年の早馬神社の歴史の中でも、境内だけではなく社務所や社殿まで浸水した津波は初めてのことだそうです。



境内から下をのぞくと、少し先に海が見える他には、参道の辺りに住宅の基礎部分が残って見えている場所があるだけです。

瓦礫も片付けられ、初めてここを訪れる人には、ここがかつて美しい良港であり、神社を中心にして住宅がたくさんあったことも、多くの人が住んでいた集落があったことも感じられにくくなっています。

神社の周辺300mはすべて瓦礫と化したそうです。
ここには、大工さんの工場があったはず・・・この辺には雑貨屋さんがあったはず・・・記憶を辿りながら地域を眺めました。
そういえばここの海にはウミウシがたくさんいたはず? 津波で浮き上がった海岸のコンクリートを慎重に踏み越えながらのぞいた海の中には、残念ながらウミウシを見ることはできませんでした。

秋の大潮のこの時期、地盤が沈下したこの地域は満潮時には残った基礎部分が隠れてしまうほど海水が陸地に流れ込んでいました。







「東日本大震災復興祈願碑」の中央部分に刻まれた「大津波到達点 子々孫々語り継げ」の文字。
津波の恐ろしさを語り継ぎ、今回のような犠牲者が二度と出ないこと、震災からの早期復興が願われていました。


早馬神社では、震災直後からたくさんのボランティアさんを受け入れてこらました。私たちも取材に訪れた際に、東日本大震災当時のお話や地域復興に関する活動をされてきたことを聞いてきました。地域を訪れたボランティアさんたちに、被災地の方々が経験したことを話されることが災害を語り継ぐことなのだと感じてきました。
そして、多くの方々が被災地の経験を自分の近くに持ち帰り話すことが、新たな防災に繋がると考えられるようになりました。

碑は震災から1年6カ月の9月11日に完成しました。神社の例祭に当たる9月19日には除幕と復興祈願祭が行われ、悲劇が二度と訪れないこと、早期復興がかなうこと、そして被災された方々の心身の健康が祈願されたそうです。



今年は、早馬神社例祭神幸祭神輿渡御も例年通り10月7日に行われるそうです。今年はカキの即売祭も復活するとのこと・・・とても楽しみです。

「復興」はゆっくりした速さですが、しかし確実に前に進んでいることを感じられます。

(取材日 平成24年9月24日)