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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年9月9日日曜日

2012年9月9日日曜日8:02
こんにちは。kaiiです。

今秋もサンマ船が気仙沼港に入港を始めました。
8月20日ごろ北海道の沖に向けて出港した大型サンマ船が、
9月4日からサンマの水揚げを開始しました。

獲れたてのサンマはキラキラと輝いています。


気仙沼港に水揚げされた新サンマ

今日はサンマの水揚げ風景をお伝えしたかったのですが、水揚げは午前7時に終了していて写真を撮ることができませんでした。

水揚げ3日目。
気仙沼港に多くのサンマを水揚げしてきた第63号幸漁丸が本日水揚げと聞いて、とても嬉しくなりました。
その姿を心待ちに市場を眺めていたのですが、早朝に水揚げは終わっていました。

昨年の震災で休漁中に被災し、新船となった第63号幸漁丸(北海道様似町船籍)は、気仙沼の港にいつも大きな体を係留したくさんの魚を水揚げしてくれる船です。
扱っていた問屋さんは、気仙沼市弁天町にあった斉吉さん。

kaiiが若いときに働いていた仕込屋さんでは、「63号(ろく・さん)幸漁仕込み」の文字が黒板に書かれると、大忙しの店内が従業員総動員でのテンヤワンヤになりました。

ピストン操業の時期になると、生鮮品や食糧などの船舶仕込みと手袋などの個人仕込みに、店内はいつもにぎやかでした。

どうしても第63号幸漁丸に会いたくて、サンマの水揚げを終了して係留されていた漁港で、漁労長さんにお話を聞いてきました。

幸漁丸の集魚灯は省エネ電球のLEDを使用した新船です。
旧型の集魚灯と比べると燃料は約20分の1で済むそうです。
船にはたくさんの業者さんが入って仕事をしていました。

サンマ漁船 第63号幸漁丸

船籍は北海道様似町



LED集魚灯

漁労長さんに漁獲量や明るさについて聞いてみると、
「初めての航海だったからだけれど・・・明るさはそんなに変わらないと思う。
 漁獲量についてはこれからでないとわからないな~」

この日の水揚げ量は45トン。
今のところは、修理中の気仙沼魚市場でも処理できる数量とのことでしたが、今後水揚げが本格化した時には、気仙沼市魚浜町の岸壁での水揚げになるそうです。



ところで皆さんは、サンマ漁の方法をご存知ですか?
なぜ集魚灯が船の両サイドに付けられているか?
網で獲るのか、それとも釣り上げるのか?

サンマ漁は夜行われる漁が中心です。網で一網打尽の漁なんですよ。
集魚灯が両サイドに灯されることと片側に引き上げ用のクレーンが付いていることのが
ヒントです。


答えは・・・

まず片側に網を入れてから両サイドの集魚灯に光を灯します。
それから片側の集魚灯を消すと、光に集まるサンマの習性で網側の集魚灯にサンマが集まり一網打尽、という漁法です。


第8不動丸(千葉県銚子市船籍)


対岸には千葉県銚子市船籍の第8不動丸が係留されていました。
不動丸の関係者の方にお話を聞くと
「被災は船の塗装がはがれる程度のものだったんだよ」
「この船はもう30年くらい使われているんだ。今期のサンマ漁には、出漁準備が整い次第に出るんだ」
「1回の漁で100トンの水揚げだと満船になるんだよ。ただ気仙沼に入港しても、今は処理能力の問題があるんだ」
と教えてくれました。

旧式のサンマ漁の集魚灯


冷凍庫と加工場の処理能力の復旧が早く進むことを、皆が希望しています。
これらの機能の回復がなければ、震災前のような水揚げができないのだという現実がここにあります。


サンマ船やカツオ船の入港と水揚げの風景が市場にあることで、本当にここが気仙沼であり、私のふるさとなのだと実感できます。

船が入港すると、1隻の船に関わる多くの業者さんたちがそれぞれの仕事をそつなくこなします。
出港の妨げにならないように仕事を終わらせて、船を港から送り出します。

岩井崎を出る船を、潮吹き岩が今日も潮を吹いて応援しています。

今夜は気仙沼の秋の味覚が我が家の食卓に届きました。
気仙沼港へ水揚げされたサンマが塩焼きになります。


(取材日 平成24年9月6日)