header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年9月25日火曜日

2012年9月25日火曜日8:47

こんにちは。Kaiiです。

今日は、阪急阪神交通社グループ(注)が主催した被災地応援企画「みんな笑顔で元気な1日を」ツアーの取材に来ています。
(注)(株)阪急阪神交通社ホールディングス、(株)阪急交通社、(株)阪急阪神エクスプレスなどで構成するグループ企業

このツアーには、南三陸町で被災して隣の登米市内の仮設住宅に入居されている60歳以上の方々108名が招待されました。
目的地は、昨年世界遺産に登録されたばかりの岩手県西磐井郡平泉町。
915日、午前10時に到着すると、気温はすでに30℃を超えています。




「みんな笑顔で元気な1日を」ツアーの4台のバスが毛越寺に到着しました。参加した方々はすでに笑顔全開!

平泉に到着するまでの間、バスの中ではゲームなどが興じられて大賑わいだったそうです。


宮川さん姉妹

「来てよかったよ~楽しいもの」と参加した宮川さん。

宮川さんは、昭和9年生まれの方で、今回ツアーには姉妹で参加していました。

「私は津波に遭うのは今回で2回目。1回目は昭和35年のチリ地震の津波で家を流されて、今回の東日本大震災の津波では南三陸町志津川にあった自宅を流されて40歳で夫を海難事故で亡くして、それから働いて建てた家が流されてしまったの・・・」
「今は孫や息子たちと仮設住宅で暮らしているけれどね・・・孫たちがテストの前などで静かに勉強できないって言うときは、仙台の娘のところにしばらく行ってくるの。生きていたからね」

淡々とお話しする宮川さんに、今困っていることは何かを尋ねてみると、「不自由なのは、孫たちがゆっくり勉強できないこと」だと教えてくれました。





ベンチに座っていた女性は、

「数十年ぶりに平泉に来たよ。膝が痛くて歩けないけれど、ここからお庭を眺めるだけでも懐かしい。雨が降らないせいか池の水が少ないね」

と話しながら浄土庭園を眺めていました。


南三陸町のツアー参加者とお話中です。


阪急阪神交通社グループさんが被災地を応援する企画を始めて、今回が3回目とのことです。
南三陸町で応援企画を続けている理由を、広報の方にお聞きしました。

=========
東日本大震災が発生した時、私たち阪急交通社の国内ツアーが南三陸町に入っていました。
この時は、南三陸町にあるホテル観洋でツアー参加者が大変お世話になりました。そのことへ恩返しとして、自分たちの会社で何かできないだろうかと考えた末、「自分たちは旅行会社なのだから、人を運ぶことで南三陸町を応援しよう」と決めたのです。

昨年の8月、南三陸町に入ると私たちは愕然としました。
そこに住んでいる人に声を掛けることすら、できなかったほどです。

「喉元過ぎれば・・・・・・」で、私たちが住んでいる東京では震災当時の記憶が薄れつつあるようにも感じます。

しかし、東北の皆さんは今も現在進行形で震災の中を生きています。私たちは、震災が起こったことと、東北の人たちが今もその中で困難な生活をしていることを、できるだけ多くの人に話し、震災を忘れないようにしていきたいと考えています。私たちこそが南三陸町の皆さんに元気をいただいているのです




「みんな元気で元気な1日」南三陸町のみなさんと阪急交通のみなさん

このツアーは、国内外含め約7300人の従業員が働く阪急阪神交通社ホールディングスの「企業の社会貢献委員会」が企画したもので、、北は北海道の札幌から南は九州の福岡までの社員さんが集まって、バスの添乗をしていました。

「今度は妻を連れてきます。南三陸町も素敵な場所ですね」
と名古屋から参加した社員の方が話してくれました。

宮城県栗原市出身の方は、
「栗原市は2008年と今回の震災で大きな被害を受けました。実家は大きな被害はなかったのですが、栗原に住んでいる地元の人たちはやるしかないとがんばっています。地元を応援していきたいですね」
と話していました。

「みんな笑顔で元気な1日を」ツアーに添乗している人、参加した南三陸町の皆さんの中にたくさんの笑顔が溢れていました。
同じ町内に住んでいながらなかなか会うことがなかなかできなくなった人たちが、あちらこちらで抱き合い大きな歓声を上げて話し込む姿も多く見られました。
その表情は笑顔がいっぱいでした。


再会に大喜び中です。
「今どこにいるの? 変わりはないの?」
そう声を掛け合う姿に、津波で地域がバラバラになったという現実があらためて迫ってきました。


人を運んでくれるツアーがあり、交流人口が増えることで、地域の産業が活性化し町が元気になっていきます。
それが被災地を支え応援してくれる方々への恩返しになるのだと思いました。

全世界のたくさんの方々が今も応援してくれています。

いつも多くの方々の思いが傍にあることに感謝しています。


(取材日 平成24915日)