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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年8月8日水曜日

2012年8月8日水曜日13:57
new-Tです。

『ココロプレス』昨年12月5日付けで紹介した仙台市太白区のあすと長町仮設住宅を再訪しました。
震災から1年5カ月が経ち、行政区によって対応がさまざまに違う仮設住宅ですが、仙台市の中でも最大規模の223戸に220人の方が住んでいる巨大仮設住宅を運営していくのは並大抵な苦労じゃないな、というのが前回取材で感じたことでした。

コワイモノなし!! (仙台市)


あれから8カ月、どんな環境変化があったのか、今回の取材目的です。

取材を申し込もうと、あすと長町仮設住宅のホームページを検索したら、会長さんが交代していました。
そして運営委員会から自治会へと組織構造も進化していました。
これは大きな変化です。

新会長の飯塚正広さん(51歳)にお話を伺いました。
飯塚さんは運営委員会当時も副会長を務め奔走していましたが、運営委員会から自治会への組織変更をきっかけに飯塚さんが新会長に就任しました。

自治会設立は今年の3月11日。
震災から1年、100名を超える住民の方々が集会所を訪れ、追悼集会と自治会設立の催しが行われました。

追悼集会(あすと長町仮設住宅自治会提供)

「運営委員会から自治会になって行政の見方が変わりましたね。他の町内会と同じ扱いをしてくれるようになりました」
例えば各仮設住宅の棟間に外灯を付けてくれたり、砂利道だったところを舗装してくれたり、身障者の方のために風除室をスロープのところに付けたりと。そうですね、10の要求に8くらいは応えてくれています」

そして、自治会が現在最も力を入れているのが災害公営住宅の建設です。
「私も岩沼市で被災しました。ここに住む方々はみんな違う場所で被災して、ここでコミュニティを作り、仲良くなりました。その絆がまたバラバラにならないように、このあすと長町近辺に公営住宅を建設してもらい、まとまって入居したいんです」
「もちろん集団移転地に行く方もいるでしょうし、新しく家を建てる方もいるでしょう、でも60歳以上の方が多いここでは公営住宅に入ることを希望する方が多いんです」

この災害公営住宅構想には、東北工大の新井信幸講師を招いてきワークショップを展開しており、この8月には仙台市に要望書を提出する運びになっています。

「私の希望は、みんなの住まいが決まってここから巣立って行ってもらいたいことです。最後の一人まで私は見届けます」
言葉だけとらえると結構悲壮な覚悟ですが、飯塚さん、持ち前なんでしょうか、ポジティブ思考で明るく答えてくれました。



震災後、あすと長町仮設住宅に入居が決まった時も「ここで先頭切って何かやっていくんだろうなあ」と直感したようです。
そんな思い、自分にはあるだろうか? と我が胸に手を当ててみました。
大変な時期、過酷な状況の中で自分のやるべきことを直感できるという人は人間が出来ていますね。

仮設住宅では高齢者の健康管理が課題になります。
持病を持つ方の治療中断などが原因で、健康状態が非常に悪いのです。
そこで飯塚さんたちは、近隣の長町病院と提携して月1回の健康相談を開始しました。
長町病院も積極的に関わっているようです。

前会長の鈴木良一さんが、運営委員会会長は激務であるとおっしゃっていましたが、まさしく現自治会会長・飯塚正広さんの悩みも仕事と自治会活動で体が3つくらいないとやっていけないということでした。

活発な自治会活動が行政を動かす力になるということと、善きリーダーシップによって自治会を中心にしたコミュニティが新しい関係を生むということが実感されました。
街の根源的発生の場所が災害復興公営住宅になれば最高ですね。
実現をお祈りします。

そういえばこの仮設住宅の方々はここを「あすとニュータウン」と呼んでいます。

8月の予定もぎっしり

「あすと長町仮設住宅 元気だぜ!おらが仮設の夏祭り!」
8月12日(日)15:00~20:30
あすと長町仮設住宅中央広場
小雨決行(雨天中止)
ステージイベントの他石巻復興ふれあい商店街特別販売会やフリーマーケットなど出店
詳しくは下記ホームページをご覧下さい。

あすと長町仮設住宅HP

あすと長町仮設住宅自治会

(取材 平成24年8月3日)