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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年8月23日木曜日

2012年8月23日木曜日20:06
こんにちはkaiiです。
残暑が続いていますが皆さんお元気ですか?
お体大切にしてください。

今日は、南三陸町歌津地区の「すばらしい歌津をつくる協議会」を訪ね、
会長の小野寺寛さんに南三陸町の復興への思いをお聞きしました。

「すばらしい歌津をつくる協議会」の前身は、昭和26年に当時の片山内閣が推進した「新生活運動」にまでさかのぼるのだそうです。
東日本大震災が起こる以前から、町の活性化のために活動してこられたそうです。


新生活運動(しんせいかつうんどう)
昭和20~30年代、各地の婦人会などが虚礼廃止など生活の合理化を目指して行われた運動。葬儀においても返礼品、花環の廃止などあらゆるものがこの影響を受けた。しかし高度成長の時代を迎えて徐々に下火になった。


「すばらしい歌津をつくる協議会」は、「国際化」・「情報化」・「安心、安全のまち」・「交流」の4本柱を掲げて、地域で活動してきたそうです。

「地域の安全・安心」の目標の一つに

  海側の地域で何かがあったら山側の地域が海側の地域を助ける
  山側の地域で何かがあったら海側の地域がが山側の地域を助ける

と決められていたこともあって、今回の震災でもその取り決めの通りに海岸部の人を山間地域の人が支援したそうです。

小野寺さんも震災の翌日から早速活動を開始して、炊き出し、支援品の配布、情報収集と、多くのことに取り組んだそうです。


電気も水道も、ライフラインの全てが切れてしまった町には、何よりも情報が不足していました。

そこで急きょ、会報を発行することにしました。
自分の足で情報を集めて記事を書き、印刷機は伊里前小学校から借り、震災からわずか1月あまりの4月17日。
「会報 一燈」を創刊して、歌津地区内に配布しました。

伊里前小学校で作られた
「一燈」の第1号(表)

伊里前小学校で作られた
「一燈」の第1号(裏)



「会報 一燈」第1号には、各地域の被害の情報やライフラインの復旧の情報、他にも生活に必要な情報が載っていました。

編集後記には、この情報誌が「情報を共有すること」を目的に創刊されたこと、
歌津地区の代表者・区長・団体長で構成する「すばらしい歌津をつくる協議会」が復興への一筋の光になることを願って発行したことが記されていました。


現在は毎月1日に発行され、8月1日号で18号を数えます。
内容も少しずつ変化しています。
8月1日号には、地域の中の笑顔や地域の交流の様子などが紹介されていました。


昨年4月27日、天皇皇后両陛下が南三陸町をご訪問されました。
そのご訪問を伝えた第3号からは、カラー刷りになりました。

「一度カラーになると、やっぱりカラーが良いという希望が多かったんです」と小野寺さん。

地域の中の細かな情報を集める活動は今も続いています。

小野寺寛さん


小野寺さんの言葉の中に、ボランティアさんに対する思いがありましたので紹介します。


私たちは多くのボランティアさんと関わりました。
それがご縁で「仕事」を地域に作ることもできるようになりました。
誰もいない、知らない土地でガレキを撤去してくれるボランティアさんがいます。
地域の人・その町の人との関わりを持たずに帰って行くのでは
「なぜ?ここに来たのかがわからないと思うんです」だから
1人でも多くのボランティアさんと関わりを持ちたい・話したいと思っています。


被災の体験を聞けば自分で命を守れることを考える。
話してつながることで出会いや絆が生まれる。
「絆」と言うけれど、
「絆」とは書かれている文字でも言葉だけの存在でもない。
「絆」は人が人と繋がることだと思うと小野寺さんが教えてくれました。

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話して感じて記憶に残る場所。
そこには、
また・・・行ってみたいと思う気持ちが育つ。

小野寺さんのお話を聞きながら、そう思いました。




(取材日 平成24年8月17日)