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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年7月30日月曜日

2012年7月30日月曜日11:23
new-Tです。

震災からちょうど500日目の7月22日(日)。
山元町で「復興まちづくりフォーラムin山元町」~みんなで創ろう みんなのまち~が開催されました。



主催は山元町を愛する会の渡部孝雄さんが実行委員長を務めるフォーラム実行委員会と、公益財団法人さわやか福祉財団です。
渡部さんは『ココロプレス』今年1月17日付けで紹介しました。


みんなで創ろう! みんなの町! (山元町)



会場は山元町中央公民館大ホール。
300席分用意された椅子、テーブルはほどなくいっぱいとなり、町民の方々の関心の高さが伺えます。



山元町はさわやか福祉財団の提唱するコンパクトシティ構想の実現を目標にしているようです。
コンパクトシティ構想とは、「その町に住んで本当に良かった」と思える地域包括ケアの町の完成形とも言える町です。

・その町の子どもたちはコミュニティーの中で大人やお年寄りに見守られながら、よく遊び、よく学んでいる。
・その町では、性別や年齢、障害の有無などに関係なく、自分に適した職場を得て、仕事をしている。
・その町では、家族のような助け合いが自然に行われている。
・その町では、年老いて一人暮らしになっても、医師や看護師、ヘルパーなどが家を訪問してくれる。

これが地域包括ケアの町のイメージで、それを実現するための現実的な都市構想がコンパクトシティということになります。

基調講演で堀田力さんは「コンパクトシティは世界の流れだ」と力強く訴えました。
助け合って便利に暮らせるためには、町はコンパクトにまとまっていなければなりません。

堀田さんは今年2月から復興庁の復興推進委員会委員でもあります

その必要性がパネルディスカッションで浮き彫りにされました。
パネラーは副町長の平間英博さん、地元の開業医・松村吉一さん、地元の介護支援専門員として活動する高橋朝弥さん。














平間さんは、山元町は22の行政区に分割され、少子高齢化、未婚率も高く、町の中心部に人口を集積させないと大型ショッピングセンターも誘致できないと訴え、常磐線の山元町新駅を中心にコンパクトシティ構想を実現させたいと発言しました。

松村さんは、山元町を中心に定期訪問診療をやっていて在宅看取りは今までに540人を数えます。医療現場からすれば高齢者の方々がまとまっていれば往診もやりやすいだろう。往診だけやる医者が欲しい。生きる幸せというのは生きている間の時間×満足度なのだというお話しには、会場の多くの方はうなずいていました。

高橋さんは、「山元町ではベッド数もヘルパーも足りないので、町も個人も在宅で看取る覚悟をしてください」と、きびしい現実を報告。

パネラーの意見は山元町だけでなくどこの地方市町村でも抱える問題です。
震災後の山元町がコンパクトシティ構想を実現していくのか、非常に興味深いところです。
人間は一人では生きていけません。
自助には限界があり、共助も共倒れになったらおしまいです。
少子高齢化の日本は公助の時代になるでしょう。
その先験的試みとしても山元町のコンパクトシティ構想は注目されています。

堀田さんは参加した住民の皆さんへ「とにかく声を発してください。復興のためにみんなが力を合わせてどんな意見でも声を出すことが大事です」と結びました。

常磐線敷設のための地質調査が始まり、イチゴ農家が復活し、津波で元の居住地に住めなくなった住民には移転先の戸別面接の最終局面が訪れている山元町。
その一方で、住民の町外への流出が今も続いている山元町。

新しい町の構想は今まで暮らしてきた町への感謝と悼みから始まるのではないでしょうか。
未曾有の地震、津波に襲われた小さな町や村の悔しさと痛みが明るい未来構想で緩和されることを祈ります。

山元町を愛する会 渡部孝雄さん 080-3332-6321
公益財団法人さわやか福祉財団  03-5470-7751
                                                http://www.sawayakazaidan.or.jp

(取材日 平成24年7月22日)