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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年7月14日土曜日

2012年7月14日土曜日10:59

new-Tです。

俳句という文芸の力に強さを感じたひと時でした。
仙台文学館で開催された「震災詠を考える~被災圏からの発信」というイベントです。
主催は小熊座俳句会。



 震災後、俳句の分野では数えきれない震災詠が生まれ、評論や対談なども次々と総合誌などに掲載されたといいます。
しかし、その多くが被災圏から距離をおいた書き手、語り手によるものでした。
本来なら被災圏の書き手こそが多くを語り伝えたいわけです。
その状況を払拭すべく今回のイベントが企画されたのです。
被災圏の書き手が、あの日から今日までをどのように考え、どのように詠んできたのかを確かめ合い、発信していく場です。

会場には約200名の聴衆の方でほぼ満席です

「第1部 自作朗読とメッセージ」には4名の俳人が登場しました。


渡辺誠一郎さんは宮城県生まれ。俳句誌「小熊座」の編集長で塩竈市の職場で被災。


    朗読した10句のうちから印象的な数句をご紹介します。

         東京から子猫のような余震来る
         祈りとは白き日傘をたたむこと
         地の底に行方不明のさくら咲く
         しずけさは死者のものなり稲の花

「セシウムの半減期が10万年なら、言葉が10万年先までの射程を持つ気持で表現しないと自分の表現にならないと思っています」




佐藤きみこさんは「小熊座」同人で多賀城の病院で被災、仙台港の石油コンビナートの爆発を目撃。自宅は津波に襲われ、約1カ月を避難所で暮らしました。


       同じく10句のうちから数句をご紹介します。

         地震揺れの月光のなかしゃぼん玉
         つばめ帰る雪白の胸弔旗とし
         流星や船より垂れし縄梯子
         明日ありと夕焼けており牡蠣の湾

「震災から立ち上がる忘れてはならないものを俳句でくさびのように打ち込んでいきたいです」
「俳句を通して生きてきたし、私のよりどころです」



照井翠さんは高校の教員で岩手県釜石市の高校で被災。「寒椿」「草笛」同人。


         喪へばうしなふほどに降る雪よ
         憤然たる咆哮として大樹の芽
         桜貝海のことばはあの日棄つ
         幾万の柩のための雪螢
         迷いなく来る綿虫は君なのか

    「なにひとつ終わっていないし、なにひとつ癒されない」



永瀬十悟さんは福島県須賀川市で被災。「桔槹」同人。


         蜃気楼原発へ行く列に礼
         風光る洗濯物を旗として
         牛虻よ牛の泪を知つてゐるか
         避難大事恋も大事やチューリップ
         古草や五感の外の放射線

「俳句で何か伝えることが出来ないか」
「俳句に何も出来ないわけはない」
「俳句を作って冷静になろうとした」
「洗濯物を干すということが日常的なことでなく、奇跡的なことになってしまったんです」
「福島の自然や生き物に対する愛おしさ、生命のかけがえのなさを俳句で輝かせることが福島に流れる不気味さに対抗できるのではないかと思います」



そして第2部は、「小熊座」主宰・高野ムツオさんと「駒草」主宰で俳句協会幹事の西山睦さんの対談「新聞俳壇と震災詠」です。
おふたりとも河北新報の「河北俳壇」の選者です。

左 西山睦さん 右 高野ムツオさん

震災によって連載が中断した「河北俳壇」も51日から再開しました。
多くの作品が送られてきたようです。

当日配られたパンフレットには選ばれた俳句が103句掲載されています。
震災直後の20115月の再開俳壇から。

泣きはらす子にひかりあれ卒業歌 (仙台市 上郡長彦さん)
避難所の毛布に眠る赤子かな (仙台市 篠川祐男さん)
春の地震表東北二万減る (名取市 里村直さん)
給水に並ぶ少年桜の芽 (仙台市 おとはすみ子さん)
春キャベツ包む津波の大見出し (石巻 芳賀正利さん)

震災から半年経った20119月の俳壇は。

置きざりの牛の瞳よ夏の雨 (石巻 三浦ときわさん)
激震に耐えてゐたりし墓洗ふ (山元町 綱川敏子さん)
隣にも行けぬ大暑の仮設かな (大崎市 菊地白尾さん)

最初のお盆を詠んだ句が多いようです。

そして1年、20122月、3月の俳壇から。

かの世でも皆貰いしやお年玉 (仙台市 平山北舟さん)
仮設とてわが家なりけり大根干す (石巻 石の森市郎さん)

その日その日の生活感がにじみ出ている句の数々は、わたしたちにあの日からのことをまざまざと思い出させてくれるようです。

ユーモアあふれる語り口は話芸の域の高野さんです


仙台駅のデパート地下で被災し、歩いて多賀城のご自宅に帰る途中で既に俳句を詠んでいたという高野さん。
「不安だったので何かしなければと思いましたね」
「言葉から力をもらっている私たち俳人は、俳句を作って自らを励ましたのです。それが読者を励ますことになったのでしょう」
俳人、高浜虚子の言葉を引用し、「俳句は極楽の文学であるともいいます。しかし、この世の地獄をしっかりとらえた上で自然や生きている自分を愛でるのが俳句です。そうであってはじめて極楽の文学と言えます」
これが俳句の核心であると高野さんは言います。

俳句は五七五という世界でもっとも短い文芸です。
正直書けば、わたしは小説や詩はかなりの量を読んでいますが、俳句はほとんど読んだことはありませんでした。
不勉強のそしりを受けそうですが、今回このイベントに取材で訪れ、実際の朗読と俳句を読んでいるうちに、その世界の広大さと奥深さをみたような気がします。
十七文字の中に世界が包み込まれているというのでしょうか。
古代から胡桃の中に宇宙があると人間は思っていたようですが、まさしくミニアチュールな形式のなかに広大な世界が広がっている俳句こそ胡桃の中の宇宙かもしれません。

そしてもっと驚いたのは俳句を作る方々の表現にいたる速さです。
高野さんは被災した町を歩きながら俳句を作ったように、ほとんどの方が震災直後から表現を開始しました。
わたしは戯曲を書きますが、震災直後、芝居の台本を書こうなどとは一切思いませんでした。
ほとんどの劇作家がそうでした。
しばらくの間、芝居が出来なくなるだろうと思いました。
はっきり言ってそれは恐怖にも似た感情だったように思い出されます。
しかし、俳人たちはそんなこと露にも思わなかった。
この強靱な表現への意志はどこからくるのでしょうか?

わたしはそのあたりのことを高野さんに質問しました。
「俳句と演劇の違い、なかなか難しい問題ですが、俳句は個のもので、一回性の瞬発力があれば作品を生むことにつながるのが強みでしょうか。演劇は集団の力+持続力が必要です。なかなかすぐに立ち向かうことができないのも理解できます」
「ただ、俳人もそのほとんどは、当初作ることができませんでした。言葉にならないというのが本当のところだったと思います」
「俳句にしても演劇にしても復活はこれからが本番、長いスパンの中で作品活動を考えていかなければならないことでしょう」

そして、高野さんには震災後、俳句作りの指標になったという俳句があります。

         泥かぶるたびに角組み光る蘆

高野さんのご自宅前に流れる砂押川に、陽光を浴びる蘆を見て作ったといいます。
蘆は震災に負けじとそこにいつものように在りました。
まさしく高浜虚子が言ったこの世の地獄を極楽に転換する俳句ではないでしょうか。
俳句門外漢が何をわかったようにと、そしりを受けそうですが、間違っていたらご容赦ください。

小熊座俳句会
http://kogumaza.jp/

被災直後の仙台文学館。渡り廊下部分の屋根が落ちています。現在はすっかり復旧しました。
写真提供 さとうとしゆきさん

(取材日 平成24630日)