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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年3月2日金曜日

2012年3月2日金曜日20:11
new-Tです。

震災後いち早く南三陸町で被災された方々の受け入れ準備に入ったのは大崎市鳴子の温泉街でした。
今回ご紹介するのは鳴子温泉郷の中山平温泉でいち早くその受け入れに動いた仙庄館の加藤敏宣さん(72歳)です。

温泉にやってくる避難の方々の様子はテレビのニュースで幾度となく流れたので多く知るところとなったわけですが、その時の様子、渦中の方々はどのように過ごされたのか、そして現在はどうなのだろう?

内陸部は震災の影響をあまり受けていないという印象がありますが、実はそんなことはなく、大崎市古川駅前の古い町並みが全壊したりしています。
仙庄館さんもその例に漏れず、配管や電気系統、ガラス窓などが割れ修復は現在も続いています。

仙庄館さんは大正末の創業、政府登録国際観光旅館です。



震災後の3月下旬、政府の復興対策が暫定的に決まった段階で、大崎市は鳴子地区の温泉100軒あまりに被災者の受け入れを相談する説明会を開催しました。

仮設住宅を建てるためにはまず土地がいる。
仮設住宅の価格、建設をするための人件費、そして閉鎖する場合にはまた人件費がと、逼迫する財政をおびやかす金銭的負担を軽減するために、市は元々存在する施設を避難の方々のために利用するという方策を取ったのです。
白羽の矢が立ったのが鳴子温泉街でした。

「大崎市長の伊藤康志さんは商売人だと思ったねえ」と加藤さん。
そして、中山平温泉12軒の中で一番最初に手を挙げたのが仙庄館さんでした。

「他の旅館もそうだと思うんだけど、色々考えたよ。費用のこと、不特定多数の人々の受け入れ、それも被災している特別の状態ですからね」
しかし、加藤さんは従業員の方達とも相談し、とにかく受け入れてみよう、という事にしたのです。

4月5日、10日と2回に別れて到着した避難の方々は167名。

「皆さん、暗かったねえ。お子さんも含めてね。旅館の玄関に上がる階段さえやっとのことで上ってきましたね」

仙庄館への避難は8月のお盆のあたりまで続きます。
加藤さんは避難者の方々の滞在に一計を講じました。
仕事をしてもらったのです。

旅館の雪囲いを片づけてもらったり、仙庄館の持つ自家栽培の畑での農作業をしてもらったり、栽培した野菜は食卓にのぼりました。
午前8時からお昼までの作業を終え、帰ってくるとお風呂。
夢のような日々です。
震災さえなければ。

加藤さんは今回、避難の方々を受け入れたことによって温泉の効用を初めて認識したと語ってくれました。
「8月にね、避難していた皆さん見違えるように元気になって帰って行ったんですよ。これは温泉の力だと思ったね。温泉は効く!!」
「温泉入浴を健康保険適用にすればいいんじゃないかなあ。外国にはそう言う例、あるんだよ。」

ある時は仙庄館の社員旅行に住民の方々を招待したり、放送局の企画の予算外で住民の方々を呼んだりと、今も南三陸町の方々との交流は続いています。




「皆さん、お元気でやってますか?
お変わりないですか?
またお会いしたいですね。」

仙庄館
大崎市鳴子温泉星沼28-2
TEL 0229-87-1234

(平成24年3月2日)