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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年3月9日金曜日

2012年3月9日金曜日11:30

気仙沼は桜の名所としても有名ですが、本来は和歌が盛んな所というのは意外に知られていません。      仙台藩時代にその直轄領だった気仙沼を、奉行として差配していた鮎貝家が治めていたこの地は、落合直文(おちあい・なおぶみ)の生まれ故郷でもあります。
落合は仙台藩の主力を担った人で、貴族のものである短歌を庶民に橋渡しした近代短歌革新に大きな役目を果たした国文学者です。
気仙沼では、毎年落合直文短歌会が開催され、これまで何千首という短歌が生まれてきました。


大川沿いの桜全景(2007年4月中旬撮影)

ライトアップされた大川沿いの夜桜 (2004年4月中旬撮影)


瓦礫の中で気仙沼の惨事を慈しむように咲いた桜たち(2011年4月25日撮影)
(写真提供 気仙沼産業観光課)

 大川上流域に、明治から大正年代にかけて活躍した熊谷武雄という田園詩人がいました。
武雄は自信作を与謝野鉄幹(よさの・てっかん/与謝野晶子の夫)が創刊した文芸誌「明星」に送っていたのですが、農民の歌なのでどうしても土臭い。こんな田舎臭い歌!と酷評されるわけですよ。熊谷は非常にがっかりして、当時、与謝野たちの対極にあった歌人、前田夕暮に短歌を送りました。
▼落合直文の生家「煙雲館」~砂の上にわが恋人の名をかけば~ by_kaii
http://kokoropress.blogspot.com/search?q=%E7%85%99%E9%9B%B2%E9%A4%A8


宝教寺の狛犬ならぬ駒龍・・レアすぎる・・・・





前田夕暮というこの歌人の元には、萩原朔太郎や北原白秋、石川啄木がいたのですが、この前田が熊谷の歌を非常に評価してくれたんですね。
田舎の澄み切った歌だと、武雄が死ぬまで短歌結社「白日社」が発行していた「詩歌」に掲載してくれました。その武雄の歌が、気仙沼の宝鏡寺山門の入り口にあります。







手長野に 木々はあれど  たらちねの 柞の影は 拠るにしたしき

-手長山にたくさんの木はあるけれど、柞(ナラ、クヌギの古木)林の側にいくと、まるでお母さんの側にいるような気持ちになる。

「たらちね」というのは、お母さんを象徴する枕詞なんですね。 これは、雑木林が自然界の母になぞられていたということではないですか。
私は、その言葉にピンときましたね。これは、山と海と川をつなげた考えをもってやっていかないと、将来牡蠣の養殖はやっていけないと。


震災直後の唐桑半島折石

震災前の唐桑半島折石




エーゲ海を彷彿させる唐桑の海の色(2011年12月撮影)


美智子皇后様が詠まれた枕詞「柞(ははそ)」

私は、平成6年朝日新聞新人文化賞を受賞した時に、皇居からお招きを受けたのですが、その時、皇后さまと一時間半くらいお話しする機会がありました。
その時に、皇后様のお心に少しでも近づくためにはどうしたらいいかと思い悩んだ挙句、これは歌しかないと思い皇后様がお詠みになられた歌を調べていきました。
その中で、皇后様は「柞(ははそ)」いう言葉が大変お好きだということがわかったのです。
※柞=コナラなど、クヌギなどの落葉樹。母の意にかけて用いる枕詞

 子に告げぬ 哀しみもあらむを 柞葉(ははそは)の
               母清やかに 老い給いけり

-自分を皇后という立場に嫁がせてしまったために、お母さんはさまざまな悩みや苦しみがたくさんおありだったでしょう。でも、お母さん。お母さんは、すがやく、綺麗に年をとられましたね。

宮城県指定文化財(天然記念物)久保のかつら=熊谷武雄生家隣地
樹齢800年以上の巨木 (高さ33m、幹回り13m)

皇后様のお歌が一首もわからないという方は、日本国民としてとして恥ずかしいことですからね(笑)     
私は、先に話した熊谷武雄の孫娘でいらっしゃる熊谷龍子さんに出会い、言葉の世界というものに触発を受けました。龍子さんは、前田夕暮れの長男、前田透に師事した方です。
龍子さんに海のメカニズムを説明しているうちに、龍子さんは一首の歌を詠まれました。

森は海を 海は森を恋ながら 悠久より 愛紡ぎゆく


こういう歌を詠む人が、宮城にいるんですよね。
ここから私は、「森は海の恋人」という言葉を思いついたわけです。


私は文章を書くなんて、小学生で作文書いて褒められた程度の経験しかありませんから、当初は上手い人の真似ばかりしていました。
しかし、龍子さんは、こんなのは全然だめだと仰る。
「あなたは、あなたの身の回りのことを、あなたの言葉で素直に書きなさい」と。
それで、人真似をやめて、自分の感じたことを、素直に書いた。こうして生まれたのが、この「森は海の恋人」なのです。
龍子さんから、「これでいい」と太鼓判を押され、それ以来、言葉の世界を教えてもらっています。



「森は海の恋人」から見た幸福論

森は海の恋人を英訳するとdarling of the sea。・・なんかイメージが違いますよね(笑)
童話の英訳を数多くなされている皇后様に、ご相談申し上げたところ「long for 」という英語を使われたらいかがでしょうかいうご返答をいただきました。
long forというのは「慕っている」という意味ですね。
The forest is longing for the sea, the sea is longing for the forest.-森と海は慕いあっている。森と海はそういう関係なのだということです。
私は、この地震で天国と地獄が共存した世界を見てきました。でも、この未曾有の大災害を息子と孫が体験し、それをこうして乗り越えてきたことは、ここで生きていけるのだということが実証されたわけです。
震災の代償は大きく、津波の教訓を幸せと呼ぶことは到底できません。
しかし、海の幸福というものを考えたとき、川と、川の流域の人々と、森さえしっかりしていれば、エサはあげなくても海は育つわけです。
海と共生していく人間にとって、一番大事なことは何かということを、死んだのではないかとさえ思ったこの海が、我々に教えてくれたように感じています。
 
                                                                       

「牡蠣は何でも知っている」と語る畠山重篤さん




(平成24年1月13日仙台はなもく七三会講演会より  
構成/momo  写真提供/気仙沼産業観光課)


▼NPO法人「森は海の恋人」
http://www.mori-umi.org/

▼水山養殖場
http://mizuyama-oyster-farm.com/index.html

▼仙台はなもく七三会
http://www.hanamoku73.com/about.html

▼「それでも海は壊れなかった」~前編~
http://kokoropress.blogspot.com/2012/01/blog-post_16.html