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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年3月11日日曜日

2012年3月11日日曜日18:00
2011年3月11日。気仙沼内湾は一面真っ赤な火の海と化し、漆黒の闇の中を非現実すぎる惨事があたりを覆い尽くしました。
「一週間、この街は火が燃え続けたというのに、寒さのあまりに目の前から人が次々と亡くなっていきました。あの日に聞いたあらゆる音は、今でも耳から離れることがありません」
「この1年を振り返り、復興が進んでいないという以前に、住み慣れた町がどんどん消えていくというのが正直な実感です。報道のされ方と、住人の意識には大きなギャップを感じています」
そう話すのは、当ブログの気仙沼スタッフ(kaii、末吉)の二人です。
その気仙沼に3本のヒカリの柱が立つと聞いて、momoは夜が明けたばかりの仙台を後にしました。
         【写真上.右】2012年3月11日気仙沼風景。    震災から1年経っても尚、傷跡は依然癒えぬまま


2012年3月11日午後2時46分 気仙沼湾に黙祷を捧げる

気仙沼市内湾を望む高台にある気仙沼アーバンマリアチャペル。
18時に始まったこの点灯式会場には、菅原茂気仙沼市長も参列され、気仙沼出身のシンガーソングライター畠山美由紀さん、実行委員会代表の斉藤道有さんと共に、浮き玉の中に用意された3本の蝋燭に明かりが点されました。
点灯式
右から菅原茂気仙沼市長、畠山美由紀さん、斉藤道有代表

「去年の3月11日夜、ここは真っ赤な海でした。ヒカリがないということは、こういうことなのだということを思い知らされました。今は少し光を取り戻しましたが、かつての気仙沼の何分の一です。この気仙沼内湾に「悼み」、「感謝」、「希望」の3本の柱が立ちます。ヒカリが立ち上がるにつれて、いろんなことを思い出されると思います。私もしっかりと思い出し、前へ進みたいと思います」菅原市長はご挨拶の中で、実行委員会の皆さんのご尽力を称えられました。

菅原茂気仙沼市長


震災前の美しい気仙沼湾

プロジェクトのメンバーは様々な職業をもつ30代青年たち10名が中心。
その中には、この震災で大切な友人や知人を亡くされ、阪神大震災の経験から宮城入りしてくださった方もいます。

「どんな営みのもとにもヒカリがあり、その中に生み出す力があります。多くの人が悲しみを分かち合い支えあうことで、やっとたどり着いた1年間の思いをヒカリに集め、尊い犠牲者たちに捧げたいと思います。気仙沼で震災で亡くなられた方は、1032名。未だ行方不明者は324名にものぼります(2012年3月11日現在)。その一人一人には家族があり友人や恋人があり、数字だけでは到底図りしれるものではありません。気仙沼の経営基盤である水産業の被害は甚大であり、全国有数の漁港を取り戻すまでには、多くの時間と勇気が必要です」
そう話すのは、3月11日からのヒカリ実行委員会代表の斉藤道有さんです。

「3月11日からのヒカリプロジェクト」実行委員会会長 斉藤道有さん


「少しづつでも前へ進んでいきましょう。ありがとう」
小池義忠さん
「阪神では、あの震災後にサリン事件があり、震災の記憶が寸断されました。被災地が発信していく、語り継いでいくことをしないと、人間の記憶など瞬く間に消失していきます。震災後、ルミナリエ神戸のヒカリを見たときに、ヒカリというものがこれほどまでに人の心の闇を照らすものなのかと衝撃を受けました。この震災を経験した人の傷ついた心に、この光が希望を照らす”灯台”になってくれればいいと思っています」
そう話してくれたのは、阪神大震災を経験し、支援活動を続けてこられた小池義忠さん。



「ヒカリとともに 新たな一歩を」
三浦一樹さん

地元紙の記者としてだけではなく、若手まちづくりサークル「気楽会」のメンバーとして、生まれ育った古里の復興に向けて活動している三浦一樹さんは、「自分も家を失った被災者ですが、いつまでも下を向いてばかりいてはいけない。震災前からの”しがらみ”を解消し、行政と民間団体が協力しあって復興のまちづくりをしていくことが必要です。3月11日という日は毎年、追悼という大きな意味と同時に、自分たちの立ち位置も確認しなければいけないと思っています」と話します。



「言いだすこと 実行すること」
藤光佳考さん

映像製作ディレクターである藤光佳考さんは「風化されていくことはある意味仕方ないことだと考えています。負の要素だけを考えるのではなく、問題点、解決法を皆で探すことが大事だと思います」と、発信と実行することの大切さを話してくれました。








柏崎・神明崎・蜂ヶ崎の3カ所の岬で囲まれた気仙沼内湾。
古来よりこの場所は「鼎ヶ浦」(かなえがうら)と呼ばれていました。
鼎とは、3本の足に支えられた器のこと。 3本の柱が気仙沼内湾を支える3本の足となり、地上と天上を結ぶ青白いヒカリの柱が立ちました。

photo/s.saeki


復興の森に指定された安波山から見た光の柱には、八百万の神々がその柱を伝って降臨してきたように見え、またその丸く照らす天窓から、故人たちがこの街を見守っているようにも見えました。
スポットライトのようにも見えるその天上から静かに聞こえてきたのは、点灯式と聖堂でのコンサートでも歌われた畠山美由紀さんの名曲

「わが美しき故郷よ」
チャペル聖堂で開かれた畠山美由紀さんのコンサート


畠山美由紀 5th ALBUM「わが美しき故郷よ」
                     アルバム・タイトル曲LIVEバージョンPV


ライフラインが遮断され続けたとき、何日も続いた暗闇の中で、光が家の中に灯ったときのあの感動を、誰しもが覚えていることでしょう。
どうかこのヒカリの柱が、気仙沼の天上と地上をつなぐ希望のモニュメントとなりますように。




キャンドルデザイナーの作品が灯を揺らす
(平成24年3月11日   by momo)



【MEMO】
「3月11日からのヒカリプロジェクト」
http://311hikari.jp/

2011年3月11日東日本大震災発生から1年をむかえる被災地域から、悼みと希望のひかりを立ちあげるプロジェクト。被災地域沿岸の都市気仙沼の内湾(鼎が浦)に、日の入り後の暗闇の空へ投影機材をつかって、静かにひかりの柱を立ちあげつづけます。
そのひかりが世界中の人々の気持ちを寄せ
合い、震災の記憶を刻む碑となり、私たちの
未来を照らす灯となることを願うものです。

=畠山美由紀 「わが美しき故郷よ」東北TOUR===
■仙台公演
 
日程:2012年6月26日(火)
会場:仙台retro back Page(仙台市青葉区国分町3-3-1 定禅寺ヒルズ8F)
 
お問い合わせ:ジー・アイ・ピー 022-222-9999

*ホームページ先行予約情報! 
 受付期間:324() 12:0044() 18:00
 
 詳細はこちらをご覧下さい。 http://hatakeyamamiyuki.com/live/1800/