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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年2月3日金曜日

2012年2月3日金曜日9:31
2011年3月12日、石巻市内の避難所など6カ所に張り出された手書きの壁新聞。
“石巻日日(ひび)新聞”。

2011年3月12日・石巻日日新聞の夕刊


たくさんの矛盾した情報が人々の間で飛び交う中、石巻市民の皆さんの一歩前を進み、“今必要とされている正しい情報”を伝えるため、6日間にわたり張り出され続けました。

本日アオキは、『石巻日日新聞社』の社長近江弘一さんにお話をお伺いに参りました。
石巻市内でも、津波被害の大きく見られた石巻市双葉町に、石巻日日新聞社はあります。

石巻市双葉町・石巻日日新聞社


「ちょうど、夕刊配達の時間帯でした。 大きな地震の後に、すぐに大津波警報が発令されました。 まさかとは思いましたが、社員を高台へ非難するように指示し、私は情報を得るため車のカーナビでTVを見ていました。 すると、ダーっと、1.5メートル程の津波が来ました」

近江さんは急いで社屋に駆け込み、2階の窓から目の前で起きていることを眺めていました。

「身動きが取れない状況でした。 大きな余震もあり、2階の天井が落ちてしまいました。 引き波、津波が続いていましたので、このままでは会社の建物も流されるのではないかと思っていました」

目の前で起きていることは一体何なのか……
近江さんは、水がいったん引いたのを確認すると、情報を求めに自転車を走らせ、日和山経由で石巻駅まで向かいました。しかし、再び津波が押し寄せ、思うように動くことができませんでした。
「水に囲まれている。 皆に知らせなくてはならない」
身動きが取れない上に、その数時間後には石巻市役所も水に囲まれました。

翌3月12日、石巻市内が冠水している中、1人の記者が石巻市役所まで情報を求めに向かいました。
「まずは、事実を確認しようと記者を石巻市役所に向かわせました。 とにかく地元の皆さんが何も知らないだろう、不安だろうという思いがありました。 何が起きたのかということと、周辺地域がどうなっているのかということを壁新聞にしました」
津波の水は真っ黒なドロ水で、足元の様子が伺えないほどのヘドロがありました。瓦礫が流されてきていましたし、車も横倒し。側溝のコンクリートも流され、いたるところで落とし穴のようになっていました。

この状況下で、無防備に動いてしまったら逆に危険なことになってしまう。正確な判断、行動をしてほしいということを、近江さんはできる限り多くの方々へ知らせる必要があると思いました。

それから毎日、石巻市役所へ情報を求めに足を運び、壁新聞を発行しました。
双葉町の石巻日日新聞社には、直接情報を求めに来る方もたくさんいらっしゃいました。そこでの情報交換により、新たな情報を得られることもありました。何処を通りここまで辿り着いたのか、いらっしゃった方から聞く被害状況も重要な情報源でした。
また、避難所に張り出された大きな文字の壁新聞は、お年寄りの方にとって読みやすいものでした。壁新聞の内容は日を追うごとに希望が持てる見出し・記事になっていきました。

「震災当時は、もうこれ以上犠牲者が出ないでほしいと思っていました。 生きていてほしいと」
少しでも前を向くことができる気持ちになってほしい、1人でも多くの方がどうにか生き抜いてほしいという思いがあったのです。

「社員全員が被災していました。 家族をなくした社員もいました。 けれど皆、一生懸命にやってくれました。 5月頃までは、発行し配達する新聞のほとんどを無料で避難所に配りました。 それ以降も避難所が閉鎖される11月まで、無償で配布を続けました。 私たちの活動は、新聞を作り続けることで、皆さんに支えていただいているので、それをしないのでは、存在する意味がありません。 ましてや、地域を離れたということを意味します。 そのような事は絶対にできません」
今必要とされることは早く行うべきだと、石巻の皆さんへのエールも込めて、必死に壁新聞を書き上げていました。

また、街の活性化に積極的に直接的な活動で関わっていきたいと近江さん。震災による過疎化が進むことを食い止めたいという思いがあります。
「おらほのラジオ体操プロジェクト」も、地域の方々を元気づけたいという想いから参加しました。

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「おらほのラジオ体操プロジェクト」 このプロジェクトは、東日本大震災の被災地への復興支援プログラムとして、株式会社マッキンヘルスケアワールドワイドジャパン(東京都港区)が企画立案したプロジェクト「お国ことばでラジオ体操」を、石巻日日新聞社、ラジオ石巻他とともに、第一弾として「おらほのラジオ体操第一」をプロデュースしました。  
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「おらほのラジオ体操プロジェクトが大きな反響を得られ、嬉しく思っています。 石巻市にもきちんと義援金を渡すこともできました。 被災地石巻から、外へ発信できるとても良い取り組みになったと思っています」
更なる復興への弾みに、まさに地域に貢献できる取り組みとなっています。

「石巻日日新聞社の活動は、地域があって初めて生まれるものですので、震災だからこうしたというわけではないのです。 今までも、これからも、地域の皆さんの一歩前に立って、地域に一途に貢献するんだという気持ちで活動していきます」
震災時を振り返り、当たり前のことをしていただけだと近江さん。とにかく地域に貢献し、地元の皆さんの生きる希望になるような手助けをしていきたいと話してくださいました。

最後に近江さんは、こんな言葉をくださいました。
「石巻の皆さん、ぜひ、地元を愛してほしいです」

石巻日日新聞社の使命、そこには石巻に対する希望と愛、感謝の気持ちに満ち溢れていました。
「愛する地域を未来の笑顔につなげます」
代表取締役  近江弘一さん



石巻日日新聞は、常に地元の皆さんの一歩前に立ち、これからもずっと愛する地域を未来の笑顔につなげます。

株式会社 石巻日日新聞社
HP:http://www.hibishinbun.com

(平成24年2月3日)