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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年2月23日木曜日

2012年2月23日木曜日11:46
村田町からこんにちは。ホイ・コーロー先生と申します。
2件目は大沼酒造店さんから100メートル先にある『かねしょう商店』さん。


(蔵の風格が歴史を醸し出しています)


(こちらの看板は大沼さんが書かれたもの)


(雰囲気のある明り)


(小京都 村田)

こちらの2階は『かねしょうの時館』という展示スペースです。先祖が取り扱ってきた雑貨、昭和・大正時代の生活を表現した空間や昔の学校の教材など、訪れた人を童心に返らせてくれる、当時の空気が漂っています。


(当時の生活の様子が伝わってきます)


(この教科書は実際に使われていたもの)

この家の6代目、大沼悦子さんには、明るく気さくに対応していただきました。
「あの時はほんと、家の中がメチャクチャ。壁も落ちてきたりして、本当だったら死んでたかもしれない。立ってらんないから、這いつくばって逃げようとしたんだから。幸いにも、娘がスープの冷めない距離に住んでるもんで、そこで2週間くらい世話になったんだよね」

地震
家の物を壊しただけでなく、かねしょう商店としても難しい岐路に立たせられることに。
「本当は、止めてしまっても良かったんだけどね」と大沼さん。

かねしょう商店は今から約160年前に始まった歴史ある商店。
大沼さん自身そのことに関した本を平成9年に執筆したそうです。

「紅花と村田の一商人」

本を書くために取材したり調べたりしていうちに、初代がどのような思いでここを起こしたかを考えると、色々思うところがあったそうです。
「村田から京都に紅花を売りに行き、帰りの船には向こうの砂糖や雑貨、ひな人形なんかを積んで帰ってくるんですよ。私で6代目なんだけど、本当ここで止めるのは申し訳ないという思いがありましてね」

歴史を積み重ねていくほど、継ぐ者にとって重荷になるのか誇りになるのかは難しい所ではありますが、この時代まで続いてきた事実は感慨深いものです。

「うちの父なんか、戦時中の売る物が無い時でさえ、お店を開けておいた。一旦閉めてまた開けるのは大変だから。母にとっては苦労だったけどね。ただ、だからこうして今も何とかやってこれてるのかなって、思うこともありますかね」

かねしょう商店の商人魂は、近江商人の影響を受けているそうです。
近江商人については、別途サイトを参照ください。

「京都までは、酒田から日本海経由で行ってたそうです。太平洋から行くのとでは、費用が3分の1で済んだらしいんですよ。当時、村田に今の価格で32億円分くらいの紅花が集まってたのよ。『奥州仙台紅花』といって、他より品質が良かった。そんな船での行き来が100年ほど続いた。天候不良で何度も船が沈んで商品が駄目になっても諦めない。その商人魂はすごいと思う。そういった精神は、私も含めた今の人たちは見習うべきよ」

近江商人の家訓の中でも、特に胸を打った言葉があったそうです。
「質素倹約して、儲けた金は地域に貢献しろ」

10年くらいかけて先祖が辿った道を大沼さん自身も歩き、過去との共鳴を果たした。
その中で出来たのが、あの本だったそうです。

過去、村田町にも巨大な地震が起こり、蔵が壊れた歴史があった。災害時の村田商人たちは、米・味噌・醤油・蕎麦などを出し合って助けあったそうです。そういうことを知っているからこそ、地域貢献できたらと大沼さんは話しています。

「昨日、小学校で1時間くらいの講演してきたんですよ。子供たちに村田の商人の歴史を伝えたり教えたりしてきました。それも私たちの大事な役目の一つ。終わりに、私が『ふるさと』をハーモニカーで吹くので、皆さんで合唱して下さいといったら元気に歌ってくれて、とても元気になりました」


(石畳みの細い裏路地。趣を感じる何かがある)

後編へつづく

かねしょう商店 (2階→かねしょうの時館)
宮城県柴田郡村田町字町33
TEL 0224-83-2027
FAX 0224-83-2027

(平成24年2月23日)