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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年2月2日木曜日

2012年2月2日木曜日11:45
kaiiです。

震災後の4月11日から気仙沼へ医療支援へ来て、9月末まで巡回医療支援チームの隊長として頑張ってくれた西尾浩美さんに会ってきました。
もうすぐ気仙沼を離れてしまう西尾さん。
災害医療・地域医療・気仙沼での思い出、気仙沼の魅力、今後について聞いてきました。

「震災後、地元で募金などの活動を通じて被災地支援をしていましたが、
それを辞めて気仙沼に来ました。
初めはは4泊5日の予定でしたが、その後巡回医療支援チームを立ち上げるということになり、
地域医療を担える人材が不足していると聞いて長期滞在になりました。

高低差のある地形の地区で災害が起きたため高台に取り残されてしまった人がいること。
介護保険制度で地域・家庭でケアされていた方々のところへ医療支援が届かなくなってしまったこと。
震災による停電でエアマットが萎んでしまったため、自分で体位交換のできない人などは褥瘡の進行が進んでしまっていました。
支援を始めてからは、1日70件もの連絡があったこともありました」
そう振り返ります。

行政・医療・利用者の間を担う立場としての活動が約半年、続きました。
その間、チームのコーディネート、医療者と利用者のコーディネート、行政とのコーディネートなど
煩雑な業務をこなしてきた西尾さん。

「支援」とはなにかを聞いてみると
「支援」は自分たちがしたいことをすることではないと思うと話してくれました。

本来の「支援」は自分たちがしたいことをすることではなく
利用してくださる人たちが求めることをすることだと思っています。
そんなことを話してくれました。

「自分たちがしたいことをしていると批判されて精神的に辛い時期もありました」

受ける側と支援する側のギャップがあったり
他所から来ているからしこりにならずに済んだことや考えたことなど
多くの学びがあったことなども教えてくださいました。

「この先も、気仙沼にいてください」とお誘いしましたが
彼女には新しい夢がありました。

医療という立場だけではなく1人の人として
気仙沼の魅力についても教えてもらいました。
「カツオはおいしかったですね。でもそれだけではない気仙沼がいいですね」
その言葉には10カ月間、気仙沼での生活の中で気仙沼という地方について考えた
彼女の優しい思いが込められているようでした。

「また、気仙沼へ来てくださいね。」そんな言葉に
「また、ぜひ」と笑顔で応えてくれました。
2月7日には気仙沼を離れるという西尾さんに、多くの人がお別れに来ていました。


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私たちの住む地域に医療が届いたのは、震災後約1カ月が経った4月5日。

震災の直後には、風邪などの流行性疾患が見られました。

避難所には医療がいち早く届きましたが、在宅の住民にはなかなか届きにくかったのです。
「孤立」という不安にはたくさんの内容があると今も思っています。
だから? 「孤立」?

5月から私たちの地域に関わってもらった巡回医療支援チーム。
九州から来た多くの先生たちが、地域を支えてくださいました。
幾度も幾度も訪れてくれた先生や看護士さんがいました。
この方々のコーディネートをしてくれた西尾さんのご苦労に、敬意と感謝をお伝えしたいと思います。

僻地医療に今後も関わっていきたいという西尾さんの
未来が幸多きことを祈りながら。

気仙沼を故郷と思っていただき、また帰ってきてほしいと思っています。






多くのボランティアさんたちに支えられている気仙沼の私たち。
時が去ると一緒にボランティアさんたちも減っていますが
「気仙沼へ また行きたい」
「気仙沼へ また来たい」
そんな「故郷」のような存在がこの土地に残ることを祈っています。

ボランティアとして活動してくださった皆さん。
ボランティアとして活動してくださっている皆さん。
たくさんの「頑張り」と「支え」と「笑顔」と「元気」
「思い出」と「勇気」と「知恵」や「知識」をありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします。

(平成24年2月2日)