header

宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

ヘッダー写真説明文

写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年2月29日水曜日

2012年2月29日水曜日11:00
こんにちは、石巻よりアオキです。
第84回選抜高等学校野球大会の21世紀枠に、甲子園出場決定した『宮城県石巻工業高等学校』。

宮城県石巻工業高等学校
  
第84回選抜高等学校野球大会へ出場決定!!



震災以来、石巻は暗いムードに陥りがちでした。
しかし、明るく希望の持てるニュースをくれた“石工野球部”に、石巻の街を挙げて応援ムードに染まりました!
本日は宮城県石巻工業高等学校(以下、工業高校)、今野好彦教頭先生にお話をお伺いしてきました。

始めに、震災当時のお話をお伺いしました。

3月11日、大きな揺れを感じて、工業高校には近隣住民の皆さんが避難してきました。



地震から約20分後の工業高校正門の様子。

それから間もなく、約1メートル40センチもの津波が到達しました。
津波はじわじわと湧き上がるように、校舎、グランドを飲み込んでいきました。




地震から約2時間後の工業高校グランドの様子。 


校舎の中へも浸水しました。

当時、教職員と生徒で200名、避難してきた近隣住民の方々500名の合計700名が避難していました。
わずかな食べ物と水を皆で分け合いながら過ごしていましたが、すぐに底をついてしまいました。
周辺道路の水がなかなか引かず、外から物資を届けることも難しかったのです。
そこで、物資の行き届いているより過ごしやすい避難所(石巻市立蛇田中学校)へ避難者の方々を誘導するため、震災から3日後に工業高校脱出が決行されました。
脱出には、他県から応援に駆けつけた警察官の皆さんの協力の元、ボートと足場が組まれ、一人一人水の上を移動しました。



避難者をボートで誘導します。

足場をしっかりと組みました。

こうして、石巻市立蛇田中学校へ避難できました。ここでは、避難者の人数が大幅に増えたこともあり、工業高校教職員の皆さんは避難所運営のお手伝いを買って出て、避難者の方々のお世話に励みました。

避難生活が続いていたある日、工業高校の野球部監督の元にこんな声が寄せられました。

「避難所で先が見えない生活が続いています。 唯一の楽しみは、子供たちがボールを追い、汗を流す姿。 その姿を早く見たい」
工業高校、野球部員のご父兄の声でした。

“唯一の楽しみ”この言葉は、監督の胸に熱く響きました。

「学校を一日でも早く再開させなくてはならない。 まず、生徒を学校に戻さなくてはならない」
家や避難所に生徒たちを閉じ込めてはおけない、そう監督は思い、さっそく生徒たちへ呼び掛けました。
いつ終わるか分からない膨大な作業でしたが、“俺たちの学校だ”と、生徒自ら校舎やグランドの清掃作業に取り掛かりました。



3月14日の校内の様子です。


野球場はヘドロで一杯に……

野球場と、野球部部室への入り口です。瓦礫でふさがってしまっています。

浸水は1メートル40センチを超えました。

生徒自ら掃除道具を手に……


生徒自らスコップとバケツを持ち、積極的に清掃作業に取り掛かる姿を見て、建設会社の方や、宮城県の各学校野球部監督の皆さんを始め、たくさんの方々がお手伝いに駆けつけてくださいました。瓦礫撤去からグランドの整備、マウンドの修復、消毒作業と大掛かりな作業を行ってくださいました。
こうしたたくさんの支えにより、2011年4月22日より、工業高校は開校することができました。

「皆さんの支援がなければ、こんなにも早く開校できませんでした。 ありがたい支えでした」
と、今野教頭先生。
当時教職員の皆さんも、生徒一人一人のちょっとした変化に目を配り、生徒たちの心のケアを気遣いました。いち早く通常の環境で授業が行えるよう努めたそうです。

そして今回、石巻に明るいニュースをくれた『第84回選抜高等学校野球大会に出場決定!!』
工業高校、野球部の活躍に街を挙げて応援しています。


###########

野球場、部室にお邪魔してきました♪


野球場です。ここで日々練習に励んでいます。



野球部の部室です!!




部室の中もお邪魔しました♪














 工業高校・野球部のスローガン“直志追球”
  ~志を真っ直ぐにひたすら球を追う~

平成12年に掲げられたスローガンです。
人間が持つ特有の本性・精神の働き、人間らしさを「志」と置き換え、野球を通じ、精進しています。



「野球部部員一同、本当に精一杯やるつもりです。 一生懸命、誠実にプレーさせていただきたいと思います。 その姿こそ、皆様にお返しするメッセージです」
と、今野教頭先生。

監督も以前こんなことを話していました。
「先が見えないという状況から、ここまでこれたのは一学校だけの力ではなく、支えてくださった皆さんのお陰です。 そのお気持ちに答え、笑顔あるプレーを生徒たちににさせたいと思います」

支えてくださった多くの方々への感謝の気持ちと、自分たちのプレーにより少しでも地元の方々に元気を届けることができれば……。
野球ができることへの感謝の気持ちと、地元石巻の復興を胸に、日々練習に励んでいます。


           “あきらめない街・石巻!!その力に俺たちはなる!!”

“あきらめない街・石巻!!その力に俺たちはなる!!” この言葉は、野球部監督が考えました。

「学校こそが核。 友達・仲間といるのが一番落ち着くものです。 学校という枠組みの中で、いろんな活動を通し、社会を形成していくための有為な人材に育っていってほしい」
と、大人への人間形成の場として、重要な基盤をこの学校で学んでほしいと、今野教頭先生はお話してくださいました。

これからの石巻を担う若くたくましい彼らを、石巻市民は街を挙げて心から応援しています!!
ぜひ全力を出し切って、夢の舞台を楽しんで来てほしいと思いながら、グランドを眺めたアオキでした。

宮城県石巻工業高等学校HP:http://www.ishiko.myswan.ne.jp/


(平成24年2月16日)