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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年2月19日日曜日

2012年2月19日日曜日17:00
こんにちは。はじめまして。龍庵と申します。
ご縁がありまして、県北内陸エリアの復興の情報発信を
担当させていただくことになりました。よろしくお願いします。

ぼくは旅行が大好きで、二十歳からアジアをバックパッカーとして放浪してきました。
インドやネパール、タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、バリ、中国・・・
めぐりめぐっているうちに、仙台に輸入雑貨店をつくったりもしました。
(そのお店は20年以上経った現在もあります)

これまでは仙台や東京、湘南で広告のディレクターとして仕事を続けてきて、
伊豆で版画の版元のプロデュースをしていたころもあります。

いまは栗原を拠点に、東北中の取材旅行に出かけたり、首都圏の仕事もしたり。
インターネット時代だからこそ、あまり地域にとらわれることなく
活動できるようになってきているのは、ありがたいことですね。

でも、だからこそ、地域密着で、ディープな情報を発信していきたいです。

「どっこい、宮城は、東北は、元気だぜいぃ!!」

七転び八起きでも、十七転び十八起きでも。
朝になったら立ちあがんべ(笑)
そんな不屈の「人」や「こと」の物語に耳を傾けながら、
「復興のタペストリー」をひとつひとつ丁寧に紡いでゆきたいと思います。

以後、お見知りおきを(あ、顔は出ないけど・・・)。よろしゅうに。

さて、前口上はそれぐらいにして、さっそく第一弾です。

  ★    ★    ★


3・11の東日本大震災の直後に、「栗原市 災害・復興レポート」なるブログを 
立ち上げた方がいらっしゃいます。
震災後の栗原の様子を、写真と文章でじつに客観的に発信されている。

自分の生活だけでもタイヘンという時期に、きとくというか、エライというか、
どんな方なんだろう?という興味のもと、
栗原市総合支所2Fの市民活動支援センターでお会いしました。

元祖・復興ブログを立ち上げた津田さん。

ブログの主催者である津田正俊さんは、東北大の大学院を修了して、横浜の日立系のシステム会社に就職し、数年後に外資系に移り、十数年間ほどシステムエンジニアとして働いてきた経歴の持ち主。

父親が経営している食肉会社の三代目として、栗原の実家に戻ったのが2010年11月という。

間もなく、あの大震災に遭遇・・・!!




 「当初は何が起きているかわからなかった。
この先どれぐらいの影響が出るのか?
とりあえず写真だけでも残そうと撮りはじめました。
これは前の同僚たちから『情報発信しなきゃダメだろう』とゼッタイ言われるな、
と思ったんです。知人たち向けに現地の情報を伝えようと開設したら、
さまざまな方からメッセージやコメントをいただいて、アクセス数が一日2、3000ぐらいに。
テレビでは沿岸部のニュースばかりで、栗原の情報がない。
私のブログを見て、栗原の家族と連絡が取れない人たちが、
『こちらの状況がわかってありがたかったです』というメッセージをいただきました。
やってよかったな、と思いました」
津田さんはブログをはじめた動機をそう語ってくれました。


友人たちの顔を思い浮かべながらはじめたブログは、思わぬ広がりへ・・・
さすがに、SEだけあって、ロジカルで沈着冷静。
それがあの文体と写真となって表れていたわけか・・・

電気が復旧して、3月20日からスタートしたブログの当時の記事を見ると、
震災何日目という時系列で、まわりの状況が詳しく書かれている。
これはスマートフォンに、日記のように箇条書きで記録して保存していたため、
タイムラグがあっても後で詳細にブログに書くことができたという。

うーむ、と思わずうなる龍庵。ここで缶コーヒーをぐびりと飲む。

日記代わりになったスマホ。首都圏での物産展にわが社も出展する時は、
来場者に写真を見せて、栗原の現状を教えたりもする。

「情報収集は仕事柄、得意なんですけど、ツイッターやフェイスブックを通して、
東北大の物理の専門家の方々と知り合いになりまして、
彼らは栗原の情報を知りたがっていました。
私から提供した情報としては、たとえば、薪ストーブの灰の問題が浮上していたので、
知り合いの家の薪ストーブの灰を送って調べてもらったら、セシウムの線量が高かった。
家の中にホットスポットができてしまうとマズイので、
その専門家の方から直接アドバイスしてもらって、つないだりもしました。

中学の同級生が市役所の企画室にいますので、その専門家の人とつないで、
危機管理室のアドバイザー的な役割を担っていただいたり。
学者や専門家の方も部外者がどこまで踏み込んでいいのか、躊躇していたということです。
自然なつながりができて、よかったかなと。
うちの工場の放射線量も測っていただきました。ありがたいですね」

ところで、これまで印象的だったことは?

「震災の2日目から給水がはじまった。
その給水車を見ると、“大阪市”と書いてある。
スゴイ動きが早いなと思いました。
わざわざ大阪から駆けつけてくれた、ホントうれしいな、ありがたいな、と思いましたね。

水道も出ない、電気も使えない中で、
たまたまうちの親戚が普段から井戸水で、お風呂は薪でたいていた。
一風呂浴びさせてもらって、アナログの強さを実感しました。

日中は忙しい中、夜にヘロヘロになりながらブログを書いていました。

うちの店舗があるエリアは停電の復旧が早くて、
震災3日目ぐらいで肉のスライサーが使えるようになった。
まだスーパーもコンビニもやっていない中で開店したので、 
お客さんの行列ができる状態だった。
そういうカタチで地元に貢献できたのもうれしかったです」

大阪市も、アナログも、エライぞ!と思わずひざを打ち、缶コーヒーをぐびリ。

大変な中でも発信し続けたのは、技術者魂なのか。

この「栗原市 災害・復興レポート」のブログでは、震災や復興のイベントのみならず、
栗原のイベントや文化、普段の生活なども発信しています。
情報のインフラ的な役割も担えることを願っているとのこと。

そして、これからの方向性を津田さんにお伺いした。
「まずは地域の様子を伝えることを続けること。
定期的に沿岸部に行って現状も伝えたい。
そして、放射能問題。これは専門家と一緒に取り組んでいきたい。
私たちのライフサイクルに密接に関わる問題だから。
これまでのライフスタイルを変えざるをえない。
季節ごとに注意点などの情報を発信していきたいですね。
3月10日には放射線量を測るお店がオープンするので、
バーチャルで出会った人々が開店祝いで集まることになりました。オフ会みたいに」

ネットというバーチャルな世界から、リアルな世界でつながり、
その輪が広がってきているというのも、おもしろいところ。

・・・えっ、あ、なーんだ高校の後輩なんだぁ、津田クン、
と、急に先輩風を吹かす龍庵でありました。
大自然は美しくもあり、厳しくもあり・・・
生かされている いのちかな

 

帰りがけ、空を見上げると、美しい夕焼け。
ありがとうございました。

             龍庵拝











ブログ「栗原市 災害・復興レポート」
栗原市の写真は、津田さんが撮ったコーナーに。

3月1日に仙台市内の書店での発売となる本「3.11 キオクのキロク」。栗原エリアは津田さんの写真が使われています。 
http://www.sendai-city.org/311.htm/


■食品の放射能検査のお店
 「Radio Active Cafe べこらぼ仙台」
980-0874 仙台市青葉区角五郎1-6-9
TEL.022-398-7630

(平成24年2月19日)