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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年1月21日土曜日

2012年1月21日土曜日15:00
こんにちは、石巻よりアオキです。
震災以降、日々より良く変わっていく石巻。
それは、地元石巻の方々の力はもちろん、全国からいただいた支援やボランティア活動により、大きく弾みがついていると言っても過言ではありません。
今もたくさんのボランティア団体が被災地で活動されていらっしゃいます。


本日は、石巻市南境の仮設住宅でボランティア活動をしていらっしゃいました、押切珠喜さんをご紹介したいと思います。
この日、押切さんは「ボランティア支援ベース絆」の“サンライス元気村プロジェクト”(全国から集まったお米を、3kgの袋に分けて、仮設住宅にお住まいになっている一人暮らしのお年寄りにお届けするというプロジェクト)に参加していらっしゃいました。


震災当時、押切さんは山形県にいました。
外出中の車の中で、助手席に座っていた方が電話をしていたその電話の向こうで、
「揺れてる、揺れてる!!」
という声と、鳴り響く警報ベルの音が聞こえてきました。
同時に、押切さんの目の前にあった木々の雪が一気にドサッと揺れ落ちるのを見て、ただ事ではないと思ったそうです。


「ボランティア経験者の友人からの声掛けでボランティアに向かうようになりました。 “人はたくさん向かっているようだが、正しい判断、指示が出せる人は少ない状況。とにかく現場に来てくれ”と…呼応して出掛けてみると、確かに指揮系統は混乱していましたし、一輪車やシャベルといった道具も不足していました。 これはちゃんと態勢を整えて挑まなければいけないなと思い、山形に戻り必要な準備をして、また石巻に向かいました。 時間が工面できる立場でしたし、自宅の宿屋にも避難者が溢れていたので、早急な対応に努めました。 そうしているうちに、どうしても時間がなくて現地に向かえないという人たちが、活動資金で支援するよと言ってくれるようになりました。 活動支援金で支える人・現地に向かって活動する人と、協力して活動しています。 実際、初めに石巻を訪れたのが2011年3月22日のことでしたが、この状態を見て何もしないなんてことは恐らく誰も思えなかったと思います」


被災地に向けた支援と、より効率的なボランティア活動ができるようにという想いを背負い、押切さんはその大役を買って、被災地に直接赴きました。


押切さんは、山形県最上町の赤倉温泉で温泉保養・研究施設「湯治舎」を経営する傍ら、「最上の元氣研究所」という地域づくり団体の事務局長を務めています。
震災以降、すでに50~60回、片道約2時間かけて、山形県と石巻市を往復し、ボランティア活動に励んでいらっしゃいます。

移動に使う車を見せていただきました。活動に必要な道具や物資を積めるだけ詰め込んで石巻へ向かいます。
毛布から温泉(のお湯)まで!!

この中で寝泊りすることもあります。生活に必要な道具はすべて揃っています。

復興の意味というところで、押切さんは被災者の方々の気持ちの面も、大きく気に掛けてくださっていました。
「震災で、つらい経験をされた方々も本当にたくさんいらっしゃると思います。 ただ、考えようによっては、もの凄いチャンスだと思います。 元に戻すのではなく、もう一度この石巻を持続可能な社会に作り直す。 亡くなった方々のためにも、より良い石巻になっていってほしいと思うのです」


世界中からも注目が集まっている状況。だからこそ良いものを発信していきたいと考えていらっしゃいます。


「震災直後の石巻の市内を走る車は、県外ナンバーがものすごく多かったんです。 それだけ、たくさんの方々が石巻のことを思って集まっていたのです。 人間とは、本当はそうやって支え合って生きてきたものなんですよね。 こうした良い面が一度見えたわけですから、そのつもりで地域を作っていったら、すごく良いものが作れると思うんですよね」


新しい街、活力のある街とは「みんなが生きがいを持って生きること」だと、押切さん。
被災地のまちづくりだけでなく、“人”も元気になっていってほしいと。


押切さんの今後の活動についてもお伺いしました。
「金華山を早く元気にさせたいです。 人の出入りが生まれることによって、石巻はもちろん周辺地域も潤う。 それも、かつての状況に戻る復興ではなく、その土地のニーズに合わせた、地域の文化に根ざした産業が生まれていけたらいいと思います」
地域のよさを引き立たせた街づくりに協力していきたいと、頼もしいお話をしてくださいました。
石巻市民として、観光面での賑わいも戻ってきてくれたら嬉しいものです。


また、震災直後から、ボランティア活動で求められるニーズが変わってきたと押切さん。
「ドロ掻きや瓦礫撤去だけでなく、移りゆく被災者の要望に応えて、より繊細な活動内容が求められてきているように思います」
そのため、石巻の地元の方々の声やニーズに耳を傾け、他のボランティア団体と情報を共有しながらの活動に力を入れています。
最近では、ボランティア支援ベース絆さんと活動が多いそうです。なんと、みんな古い友人つながりだったそうです。 
「ボランティア活動を通し、久々の再会を果たす友人がものすごく多くて、びっくりしています」
新しい出会いだけでなく、旧友との再会も多く、自分が石巻で活動することへの意味も、大きく変わってきたそうです。


押切さんが経営する「湯治舎」では、震災から約半年の間、被災者の方々と全国からのボランティア活動でいらした方々の宿泊を、多いときは一度に30名ほども受け入れていました。ボランティア活動の拠点として被災地の支援案内なども行っていました。


押切さんはボランティア活動の際、石巻市苔浦を活動拠点とし、金華山や網地島と広く活動されています。
積極的な現地入りと密な活動内容により、石巻の方との交流が深まり、このネットワークが活動にものすごく生きているそうです。
「外国人の方とのふれあい、現地の方々とのコミュニケーション、本来ならばできない経験を体験している」
と、押切さん。


「いろんな方と出会えるチャンスをくださってありがとうございます。 もう来んでええよって言われるまで活動していきます!!」
押切さんは、感謝の気持ちと、もっといいものを目指す向上心を持ち、活動に励んでいらっしゃいました。


活力のある街とは「みんなが生きがいを持って生きること」
これまで紹介させていただいた方々の中にも、このように“生きがい”を持ち、前向きな姿勢で取り組んでいらっしゃる方々が目立つように思います。
震災の傷は、簡単に癒えるものではありません。一生、胸のつっかえになってしまうほどの傷を負った方々も少なくありません。
ですが、押切さんももちろん、全国からの温かい支援には、“より良い街に生まれ変わってほしい”という気持ちと、それだけでなく、被災地で暮らす皆さんに、“生きがい、そして明るい気持ち”をもう一度持ってもらいたいという気持ちが込められていました。

お忙しい中、快くたくさんのお話をしてくださいました。とってもお優しい雰囲気の方でした!


(平成24年1月21日)


押切 珠喜さん
最上の元氣研究所 事務局長
http://mogami-genki.net/


Total Coordination Planne 湯治舎
〒999-6105 山形県最上郡最上町富沢赤倉温泉稲荷前
TEL:0233-45-2856
FAX:0233-45-2857


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