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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年1月20日金曜日

2012年1月20日金曜日13:30
こんにちは、石巻よりアオキです。
本日は石巻市渡波の法音寺に来ています。
ご住職の谷川正明さんは、以前ご紹介した『おらほのラジオ体操プロジェクト』に石巻弁の翻訳家としてボランティアで参加しています。
石巻弁の魅力、そして震災時のお話をお伺いしました。

谷川ご住職は、石巻市文化財保護委員(言語分野担当)も務める方です。方言研究家として2週間に1回、石巻日日新聞に『知っとく石巻弁』を連載しています。


2008年から連載しているコラムのバックナンバーを見せていただきました。
第1回目の題材は『いずい』。皆さん、どんな意味だかご存知ですか?


月2回、ラジオ石巻では『(新)谷川住職の石巻弁講座』でパーソナリティーを務めており、石巻弁を直接しゃべって解説するというコーナーをお持ちです。震災直前からスタートしていたこのコーナーは、震災で一時お休みしていましたが、10月に復活。お年寄りの方々を中心に人気で、お茶の間の話題になっているそうです。


最初に、言葉の大切さを教えていただきました。
「例えば、ボランティアなどでいらした県外や外国人の方々が一番最初に当る壁は“言葉”。 そういった意味で、言葉というのはとても大事なんです。 もともとコミュニティーが崩壊しかけていた石巻で、震災以来、新たにコミュニティーが形成されてきています。言葉とは、この地域の人たちが、お互いにコミュニケーションを取る一番の手段なのです。」


石巻弁の特徴についてもお伺いいたしました。
住職によると、石巻弁は旧仙台藩の話し方“仙台弁”からの、大きな言葉のまとまりで形成されているそうです。

「人が生きていく、仕事をしていくために言葉があります。
職業が農家の方々の話し方の特徴は、ゆっくりとしたペースの会話です。 田植えなど、地道に一歩一歩進んでいく作業がメインである仕事柄が表れています。 職業が漁師の方々の場合は、少し荒っぽく、言葉のスピードが速い所に特徴があります。 また、アクセントがついているのも特徴です。 海の上での油断のできない仕事柄が表れています。 港町である石巻の方々には、こちらが馴染みのある、安心感のある言葉になります」

なるほど、どこか温かみのある石巻弁はこうした特長があったのですね。思わず納得してしまいました。


『おらほのラジオ体操プロジェクト』についてもお伺いいたしました。

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「おらほのラジオ体操プロジェクト」
このプロジェクトは、東日本大震災の被災地への復興支援プログラムとして、株式会社マッキンヘルスケアワールドワイドジャパン(東京都港区)が企画立案したプロジェクトです。「お国ことばでラジオ体操」をキャッチフレーズに、石巻日日新聞社、ラジオ石巻などとともに、第一弾として「おらほのラジオ体操第一」をプロデュースしました。
谷川ご住職は、方言研究家・石巻弁翻訳家として、ボランティアで参加されています。
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依頼を受けたのは2011年7月。ライフラインが回復し、石巻では一つの区切りとして新しい季節を迎える頃でした。その頃、谷川さんは、被災地のご住職として、県外の講演会で忙しくされていた時期の話でした。
「石巻では、避難所や仮設住宅などの狭い環境での生活をせざるを得ない状況の方々が多く、引きこもりや、運動不足が増え続けていました。 誰もが知っているラジオ体操で、しかも親しみのある言葉で笑いながら参加できる。自然と体が動くもので非常に良いなぁと思いました」



CDの売り上げは好調で、1000枚を売り上げました。(2011年12月28日時点)
素晴らしい反響ですね、という言葉に
「全国的に、被災地に関する関心があるということの表れ、復興支援という意味もあるでしょうね。 法音寺の新年会では冒頭でこの『おらほのラジオ体操プロジェクト』のラジオ体操をやりました。 毎年、踊りを披露していただいていたのですが、今年は演者の方々も被災し、練習する場所が無く、運動不足で足腰が弱っていて、津波で流され着る物も無いのでできない……という状況だったんですね。 このように、踊りなどで普段動いていた人が動けなくなるというのは深刻な事なんですよね。 気軽に体を動かせるという意味で、ラジオ体操はいいでしょうね」

震災後の運動不足などのさまざまな問題を解決する糸口として、自然と体が動き、しかも馴染みの言葉で笑いなができる『おらほのラジオ体操プロジェクト』のラジオ体操を、ぜひ皆さんでやってほしいとアオキも思いました。

谷川ご住職には、法音寺での震災時の様子もお伺いいたしました。


津波で流されてきた瓦礫や船などが万石橋にぶつかり、
まるで雷が落ちたかのようにバリバリと大きな音を立てていたそうです。いまでも鮮明に覚えていると谷川ご住職。

「震災当日からたくさんの方々が避難していらっしゃいました。 早速200人分のおにぎりを作り、受け入れの準備をしました」
谷川ご住職とご家族の皆さんで、その日から必死になって避難されてきた方々のお世話をしてさしあげました。
正式な避難所ではありませんでしたが、万が一の備えとして、かまど、汲み取り式のトイレ、お米の備蓄をしていたそうです。
家にあるもの、自分の気持ち、家族全員が全神経を避難者に向け、生きて避難してきた人をどう生きつなげるか、日々必死だったそうです。もちろんそこには、看護師も、市の職員もいません。消防車も救急車にも連絡が取れません。水を汲みにいく、薪を準備する……避難されてきた方々の命を繋ぐのに必死でした。

こうして震災から100日間、法音寺は避難所としてたくさんの方々の生活を支えてきました。


避難生活は時間を追うごとに、ニーズが変わっていきました。
医療チームなどのボランティアの受け入れ。ガソリン、医薬品の確保。ライフラインが戻るまでは自宅避難者の方々の食事のお世話も行いました。5月頃まで、物資の配給場所としても協力し、リュックに物資を一杯詰めて、檀家さんのお宅に配って歩いたりもしました。まさに、近隣住民の方々の生活を支える拠点となっていたのです。


震災後、法音寺を訪れた方の中には、久しぶりにおにぎりが食べれたと涙を流す方もいらっしゃったそうです。
「すごい恵まれた避難所だった」
と、法音寺で避難生活を過ごした方々から感謝の言葉が寄せられています。


「富山県氷見市に住む知人の関係者から、自衛隊の支援物資よりも早く支援物資が届けられました。 避難所になっているだろうと判断し、10時間もかけて、トラックで通れる道を探しながら、遠回りしてまで届けてくれたのです。 この他にも、法音寺に直接届いた物資もたくさんありました。 ものすごく助けられました。 早い段階の支援物資があったように、他で震災があればピンポイントで支援したい。 それも、何が必要かきちんとニーズを聞いて支援したい」
と、奥様。

谷川ご住職も、
「人間の力がいかに無力か感じました。 全てが想定外。 人間の想像力を超えた天災。 想定外のなかから、さあどうするか……必要なのは生き抜くことです。 人と人とが助け合って生きることです。 また、日本の機動力が大変素晴らしいとしみじみと感じました。 自衛隊の組織的動きや、電気・水道がどんどん復旧していくスピード。 そのおかげで次の被害が少なく済んだのです。 また、人を思いやる気持ちに、日本人本来の良さを改めて強く感じました。 気持ちの面、技術の面、日本の素晴らしさを見直しました」

「港町に住む石巻人として、普段からの津波への意識、逃げ方や逃げようと心構えしていた面でも優れていた」と谷川ご住職。震災を通して、こうした良い面も見られました。


「今回の震災を検証し、全国の皆さんに広く知らせて、それをもとに次の万が一の場合に備え、心構えをしてほしいです」
県外での講演会では、全国からのたくさんの支援への感謝の気持ちと、実際の経験をもとに、万が一の心構えをしてほしいという気持ちでお話しているそうです。こうした取り組みは、いろんな形で伝えていきたいと谷川ご住職は考えています。


そして、今回の震災では、たくさんの方々が、大切な人を失いました。
「お寺の住職として、お葬儀をすること、四十九日、百か日の法要、それとお盆などの一同に集まる機会、そういう場を作ること。 同じ痛みのある方々が集まって時間を過ごす場をもって行きたいと思います」 

今年3月11日には、一周忌合同慰霊法要が行われます。

「失ったものは絶対に帰ってこない。 それを補うにも、何ものによっても補えないものなのです。 そのような痛み苦しみを和らげる、そしてそれを土台にしてがんばろう、生きて行こうという気持ちを持つ、それしかないのです」
と、今後も、震災により傷ついた多くの方々の支えになっていきたいと話してくださいました。


「もともとお寺とは、地域のコミュニティーの一角でもあります。 それがこの震災で流失してしまった地域もある中、幸い法音寺はかたちとして残っているので、それを維持していくことも大事だと思ってます」


「今後、全国からの支援に甘んじることなく自立することが必要です。 最後は自分たちで働いて、生産してお金をもらって、そのお金で物を買って、そして商店街の店々の商売が成り立つ。 市民税、所得税を払う。 そうすることによって、市や県も潤う。 こうして初めて、人も街も自立できるんです」
これから私たちが強く生きていくため、そして石巻が復興していくためにも、大切なのは“自立すること”と話してくださいました。


法音寺では、平成16年から“元気を出そうという”という想いを込め、クラッシックコンサートを毎年行っています。演奏者は江口玲さんや前橋汀子さんと、テレビ出演はもちろん世界的に有名な方々です。
今年は、震災後の百か日、秋には11月13日に行われました。
「今までのコンサートとは全然違うものになりました。 涙を流し聞き入る方もいらっしゃいました。 演奏者の方々も、以前石巻にいらっしゃったことのある方もおり、変わり果てた石巻の姿を見ての渾身の演奏をしてくださいました」と、谷川ご住職。


音楽繋がりのピアノの先生を努める東京在住の方が、
お菓子を作って送ってくださったそうです。お菓子作りもプロ級だそうです!!

4月から石巻日日新聞で連載が始まる小説の中に登場する石巻人の、石巻弁の翻訳も務める谷川ご住職。
県外で行われる講演会だけでなく、このような翻訳家としての依頼も多く、多方面で活躍しています。


また、法音寺の副住職でいらっしゃる谷川海明さんは、石巻青年会議所会員で、『石巻復興支援会』の代表も務めていらっしゃいます。

石巻復興支援会とは、避難所の運営資金の募金活動から始まり、進学支援・企業支援・避難所支援と、今どんな支援が必要か見極め、内から広める活動に取り組んでいます。
「前向きに、やった分だけ身になり、チャンスになる」
と、これからの石巻を担う若い世代の方々に向けて活躍しています。



“しゃばそくじゃっこうど”と読むそうです。

ボードには「この世がすなわち極楽浄土」、現世で、自分の力でもって楽しい世界に変えることができる、生きてるうちにいっぱい良いこと、楽しいことをしましょうという意味だそうです。


これからの新しい石巻をつくるのも、明るく楽しい自分の未来をつくるのも、今石巻に住む私たち自身に懸かっているのです。全国からのたくさんの支援に感謝し、きちんと自立すること。そして、人生を楽しみながら生きること。たくさんの尊い命、大切なもの、犠牲になられたものを無駄にしないためにも、今こそ立ち上がる勇気を持ちましょうと、教えてくださいました。

谷川ご住職、ありがとうございました。


谷川ご住職は、法音寺から見える景色や、近くの様子を案内してくださいました。
次の記事でご紹介したいと思います!!
お楽しみに♪


(平成24年1月20日)