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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年1月12日木曜日

2012年1月12日木曜日9:30
こんにちは、ここ2、3日、石巻では雪がぱらぱらと降っています。
石巻よりアオキです。
石巻市南光町は、ひばりの海岸から程近い、津波被害が大きかった地域の一つです。
その場所に焼きとりとラーメンのお店「とん平」があります。







昼間にはよく、店主の長谷部英征さんが店先で忙しく作業する姿を目撃していたアオキは、復興に懸ける思いをお伺いして来ました。

地震の揺れで壊れたものはコップが2つと小鉢が2つ。お店と家族の無事を確認していたその時、
「ふと店の外を見たときには車が流されているのが見えて、あせった。 津波だ! と……」
すでに津波が押し寄せてきていたその時も、ご家族の皆さんでお店にいらっしゃったのです。
押し寄せた津波は、約1.6メートルにも達しました。
自宅のある2階に避難し、しばらくは身動きのできない日々が続き、孤立していたそうです。

それからは、朝3時半に起床、夕方6時には就寝という生活に変わりました。電気が無いため、日があるときに動くという太陽の動きに従った生活になったのです。水は、近隣の井戸や学校に調達に走りました。
ガスボンベやコンロがお店の倉庫に備蓄してあり、冷凍食品も無事なものがありました。それを使って暖をとり、炊き出しを行うこともできました。
全国の友人からは直接たくさんの支援物資が届き、近隣の方々や友人、道行く見ず知らずの方にも声を掛け、みんなで分け合いました。また、石巻南ロータリーの仲間たちのネットワークで、苦しい時期を乗り越える元気を分け与えられ、随分と励まされたそうです。

震災からは、毎日、片付けや洗濯に追われました。
3月から6月まで3カ月かけて、親戚など身内の方々の力を借りて全て手作業で瓦礫や車などを片付けました。
友人には、電化製品を修理してもらいました。
7月からは建物の工事が入り、今の形になったのは8月末のことでした。
営業を再開したのは9月11日、それに先駆け、お店では9月5日から一週間の間、無料の炊き出しを行いました。
「とにかく来てくださった方みんなに食べてもらいたい。被災された方々をどんどん連れてきてほしい」
そう呼び掛け、友人や知人を中心にたくさんの方に炊き出しを行い、温かい食べ物を振る舞いました。
一週間で約200名ほどの方々がいらしたそうです。

こうした長谷部さんの行動には、昭和29年9月26日に北海道の岩内で長谷部さんご自身が経験した台風15号の記憶がありました。岩内を襲った台風15号は、雨風だけでなく大規模な火災も引き起こし、街をひとのみにしました。
3月11日に南浜町を襲った津波、火災に、重なり合わさる思いがしたそうです。
「過去に経験した台風15号の記憶がよぎったのと同時に、そこを乗り越えてきた分、ここでも負けてはいられないと、奮い立たせられる想いでした。 とにかく家族を守ること、生きていくことで必死でしたね」
と、3月11日ののことを話してくださいました。
苦しい時期を経て、今思うことは
「水と火、強いていうなら、あとは必要な分の食べ物さえ確保できれば生きていけます。街の井戸のある場所を知っていたことや、ご飯を釜や飯ごうで炊いたこと、正しい綱の結び方、火のおこし方など、子どもの頃に経験したことが役に立ちましたね。今の子供たちはできるかな」
と、経験が肥やしになったと話します。



実際に使用したガスコンロ・釜を見せていただきました

お恥ずかしい話、確かに私も、自分一人で火を起こしたり、飯ごうでご飯が炊くことができないかも……と思いました。

長谷部さんは
「現状を踏まえ、必要に応じた行動をとることが必要。偉いことをしろというわけでなく、人間として、モラルをもって生きていくべきだと思う」
長谷部さんの、周りの人に対する心ある行動には、こんな思いがあったのです。

長谷部さん直筆の色紙です。 なんとも素晴らしい字です! 
“足元を照らす、小さなローソクのあかりを頼りに、現状を踏まえて歩いていく”という意味が込められています。 

長谷部さんにはもう一つ、大きな課題があります。
お店のある地区は、復興計画上、高盛り道路の建設地区になっているのです。
今後、立ち退きになってしまうかもしれません。
「この先お店はどうなってしまうかはわからない。ただ、あと10年は頑張りたい気持ちですし、今ある現状でできるだけのことはやっていきたいです。海・山・川のあるこの石巻のような街は全国を探してもなかなかありません。この立地を生かした、活気のある、観光面でも盛り上がりのある石巻の街に生まれ変われるような復興計画が進んでほしいです」
と、“本来の石巻の良さを生かした街”に変わっていってほしいと、石巻への愛情を感じるお話をしてくださいました。

お店にお伺いしたときに、一匹の猫がいました。名前はミャーちゃん。聞くと、このミャーちゃんは震災後に長谷部さんのもとで飼われた猫だそうです。当時は首輪跡のある迷い猫だったそうで、震災・津波の被害で飼い主とはぐれてしまったのではないかとのこと。毎日お店の辺りをさまよい歩く姿を見かねて、長谷部さんが保護してあげました。同じ命ある者として、震災を共に乗り越えたミャーちゃんを、放っておけませんでした。今ミャーちゃんは、暖かい場所で元気に生活しています。

長谷部さんのお話をしてくださる姿、たくさんのエピソード、奥様の笑顔、温かみの感じる出で立ちや心のやさしさがとても感じられたのと同時に、頼りがいのあるどっしりとした強さも感じられました。
私自身も、芯のある、人間らしい部分のある人だなと思ってもらえるような、素敵な人になっていきたいと感じさせてもらいました。
取材でお伺いした1月12日は、なんと長谷部さんのお誕生日だったそうです!! お会いできてとても嬉しく思います。
そして、これからの長谷部さんのご活躍を心からお祈りいたします。

(平成24年1月12日)