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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2012年1月17日火曜日

2012年1月17日火曜日16:29
「いやーこりゃ津波来ると思って、取るものも取りあえず、かみさんと向かいのばあちゃんと家にいたばあちゃん連れて軽自動車ですぐ山の方に逃げたのっしゃ」

こんにちはnew-Tです。

今回紹介するのは、かれこれ20年のお付き合いになる飲食店「うしのや」さんのお父さんとお母さんです。

「うしのや」さんは20年以上前から仙台市若林区の南鍛冶町で焼肉屋さんを営業していました。
その当時わたしの劇団はちょうど「うしのや」さんの近所に稽古場劇場を移転し、活動していました。
芝居やってる連中はみんなお金がない。そして若いから食欲も旺盛。そんなわたしたちにベストマッチしたのが「うしのや」さんでした。

とにかく安くていいお肉ですから、常連のお客さんもいっぱい付いていました。
今思い返すと2人で行ってビールをがぶがぶ飲み、焼肉をたらふく食べても一人1500円くらいだったような気がします。

その時からお二人のことを皆、お父さん、お母さんと慕っていました。
本名は松井元秀さん(68歳)としえさん(70歳)です。


「うしのや」さんが亘理町の荒浜に店を引っ越しても、たびたび忘年会などでお世話になりました。

そして荒浜で9年目の昨年、あの大震災が店を襲いました。

「そんでね、角田の方にね、四方山って山があるのね。そこまで逃げれば大丈夫だろうって。俺はいいけど、他3人女だもの、トイレが大変だろうと思って、山だったらなんとかなるさ」

ナイス気配り!!

「まず水と食料、それからガソリンを求めてさまよったね。途中で1人のばあちゃんを施設に預けて、またさすらいの旅だよ」

「それで2週間くらいして荒浜に戻ってみたの。店は半壊で残っていたんだけど、店の中、店の脇にも瓦礫が山になってて、こんなことが現実にあるんだと茫然自失だったね」

「でも、直感を大事にして無欲の判断をしたことで死なずに済んだんだよねえ」

その後、お父さんは何もする気がなくなり、商売もあきらめたのですが、幸いなことに山元町の自宅は地震で少々傷んだ程度でした。

お母さんが「またこの自宅で店をやろうよ」とお父さんを励ましたのです。

そして昨年8月末「うしのや」さんが復活しました。



当初、「ほっきめし」と「ほたてめし」くらいしか無かったメニューも、お客さんが増えるに従って段々増えて来たということです。

焼肉も予約をすればやってくれます。

実際わたしたちの劇団は、昨年10月に山元町公演を行った際の打ち上げで焼肉をいただきました。




現在は宮城県を支援してくださっている宮崎県の役所関係の方々の利用が多く、お昼はてんてこまいの忙しさだそうです。

取材の時も「弁当を毎日400食お願いしたい」という電話があって、お母さん断っていました。

「店だけでも大変なのに、そんなことしたらもうやっていけなくなるわ。のんびりやりたいものねえ」

「頭の切り替えが大切だね」

「昔からそうだけど、わたしたちは出来ることを身の丈にあったやり方でやってきたから、これからもそう」

「細く長くやっていくの」

口コミでお客さんが増えていくという、お店としては最良の展開の仕方です。

「うしのや」さんのある場所は旧国道6号線の街道沿いです。飲食店は2軒しかなく、寂しい町並みです。

「ここにもう何軒か店があるともう少し人が寄ってくるんだけど」

「イベントだね。町が色んなイベントを企画して人を集めないと山元町に人いなくなるな」

お2人の話を聞いているとほんとうにほっこりとしてきます。

亘理、山元方面へお出かけの時には是非お立ち寄りください。

おいしいほっきめしをどうぞお試しください。

お父さん、お母さんいつまでもお元気で。

「うしのや」
亘理郡山元町山寺字山下86
 0223-37-3808

(平成24年1月17日)