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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2011年12月13日火曜日

2011年12月13日火曜日17:03
―――七ヶ浜町花渕浜。
津波で変わり果てた景色の中に、一隻のヨットが見えました。



そこにいたのは「SAIL YACHT(セイルヨット)」を経営する我妻幸一さん。
ここ花渕浜でヨット販売を営んでいます。
震災前までは、隣で娘さんがカフェを経営していたのですが、現在は休業中とのこと。

「この土地にあった財産はこれだけになってしまった」
そう言って我妻さんは、笑いながらヨットの前に立つ6本の柱を指しました。
かつてはこの柱が、隣に構えていた店舗を支えていたのだといいます。




浜に停泊していた商品のヨットは、幸いにも半数以上が無事でした。
現在はヨットの中で一人寝泊りをしながら、残った船の修理や、船が流されてしまった人を中心に船の提供を行っているそうです。

我妻さんは、当時をこう振り返ります。

「“浮くものだったら何でも良い”という気持ちで、竹竿を漕いで船まで行った」

震災後すぐの翌々日から、沈みそうな船を助けるために、水のくみ出しや片付けで瓦礫に埋め尽くされた海を行き来する毎日。
機材が届くまで2週間、そしてそのハードな作業は3カ月程続いたそうです。
本当に落ちついてきたのは、ここ1~2カ月だといいます。




「もともと人々の心の中には海に対する垣根というものがあった。お互いにわだかまりなんてないはずなのに、漁民だサーファーだ法律だと、そういうものが心の中で常にバリアをはっていた。今が変わるチャンスなんだ」

ヨット業も漁業も、そこに住む地域の人だって、みんな同じ海の仲間だということを今回つくづく感じたそうです。
海に面した町として、お互いに垣根のない町づくりをしていかなければと話します。

今後も花渕浜で仕事を続けていきますか? という私の問いに対し、
「淘汰されるまで。必要とされる限り、この地で仕事を続けていきたい」、そう語る我妻さん。



創業から30年、ヨット業一筋でやってきました。
「もう食えなくなるかな、と思いながらヨットだけで綱渡りの30年だった」
少しおどけて話します。



ヨット販売も漁業も、同じ“海業”だと我妻さん。
「目の前にある見えない垣根を取り払い、海に出る人たちの手助けを、SAIL YACHTとして続けていきたい」

私たちも心の中にある垣根と向き合わなければなりません。
それが、海に生きる新たな復興の地をつくる一歩に繋がるはずです。

■SAIL YACHT
宮城郡七ヶ浜町花渕浜舘下75-53
022-357-5653

(平成23年12月13日)

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