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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2011年12月12日月曜日

2011年12月12日月曜日10:20
こんにちは。憧れのお花屋さんにお伺いしています。アオキです。

避難所になっていた石巻小学校の通りにある、創業約100年の守長商店さんの守雅章さんにお話を聞かせていただきました。
もともと八百屋さんだったお店は、野菜を中心として食品とお花がお店に並んでいます。
カゴ花の配達などで、日中は忙しく動き回っていらっしゃいます。



震災当日、津波警報が聞こえた守さんは、従業員の方をいち早く帰し、お父様と共にお店の車で高台へ避難したそうです。機転の利いた行動で、家族はみなさん無事だったそうです。
翌朝の午前4時、守さんは自宅でありお店のある通りの様子を見に下りました。
目に入ってきたのは、車の上に折り重なるように乗っている車。瓦礫の山でふさがっている道路。
想像を超えた景色でした。
お店には辿り着けずに断念したそうです。


震災から7日程経った頃から、従業員の方総出でお店の片付けが始まりました。
お彼岸が近かったこともあって、お店の中にはたくさんの材料がありましたが、水につかり、自宅部分の畳など、1階にあったものは全て使えなくなってしまいました。
その間、避難所で3日、知人の家に10日、旅館で7日程お世話になる日々が続き、お店との行き来していた生活が続いたそうです。


「避難中にお世話になった方々や、お店の再開準備に協力してくださったみなさんに心底感謝しています。 本当にありがたかったです」
と、その頃を振り返っていました。



幸いにも市場は無事で、配達用の車もあったので、すぐに材料の調達に動けたそうです。
4月の末にはお客様からの注文が入るようになり、徐々に営業が再開されました。

当時は、自宅に無事で残ったお仏壇を作業机代わりに使ったそうです。使えるものは何でも使いました。


「街の復興は、これからに懸かっていると思います。 この辺りのお店は津波の被害を直に受けていて、取り壊し物件が多くなり、更地が増えてきています。ですが、残った自分たちの力で少しでも多くのにぎわいを取り戻していけたらと思います。そして、石巻に住みたいと言ってくれる人を増やしていけたらと思っています」
と、より明るい活気のある街並みに戻っていきたいと話してくださいました。




取材をしていたら、一人の男性がお店に入ってきました。私は、「電気会社の方かしら…」と、思っていたら、なんと守さんの同級生だったそうです!
この地で生まれ、この地で育ち、大人になっても顔を合わせられる関係であること。それは素敵なことなんだなと、私も急に同級生が懐かしくなりました。

石巻の地元民として、共にこれからの一日一日を大切に、そして花のように明るく生きていきたいなと思いました。



(平成23年12月12日)