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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2011年12月16日金曜日

2011年12月16日金曜日15:37
マイクです。

塩釜市、本町商店街を歩いていると、ふとあるお店に目が留まりました。

「市川紙店」
明治35年の創業より、3代に渡って紙屋を営む老舗商店です。


市川紙店


店頭には被災後の塩釜の写真が飾られています。
カメラマンである息子さんが撮っていったものだと、店主の市川さんが教えてくれました。


写真家の息子さんが撮影したという被災後の塩釜


深刻な津波被害にあいながらも、塩釜では、ここ本町商店街が最も早い再開だったのだそうです。
近隣では、震災後2、3日で堀川商店が開店、次いで高橋精肉店、市川紙店とお店を開けていきました。

「いまだに開かなくて手をつけられない棚もあるのよ」

そう言いながら市川さんは商品棚の引き出しに手を掛けました。
私も力の限り引いてみましたが、1㎜も動く気配はありません。
店内高くまで入り込んだ海水に浸かり、水分を含んだことで木材が膨張しているのだそうです。


偶然にも開いた1カ所。震災当時を物語ります


震災後、紙を取り扱うお店の商品は全滅。

「レジもどこにいったか分からない、足の踏み場すらない状態だった」

隣の空き店舗を借りて、店内の瓦礫や荷物を移動させた後、大量の泥のかき出し、そして消石灰を散布するという片付け作業を行いました。
電気も水道も通らず、何もない中で、普段から親交のある問屋さんが、手伝いに来てくれたのだそうです。


津波の跡を感じない現在の店内


そんな復旧作業中、震災から1週間も経たずして、最初のお客様がやってきました。

「のし袋はないですか?」

そのお客様は、遺体安置所のある利府町で、亡くなったご主人と会ってきたばかりだったのだそうです。

今後何が必要で、どうすれば良いか分からないというその方に、泥だらけで何もなかったお店でも、必要なものだけは渡してあげられたと市川さんはいいました。

お互いの助け合いや、繋がり、そしていざとなったら町に根付く強さがあることを、今回の震災で実感したと市川さんは語ります。


店主の市川弘子さん


元々、紙だけではなく数多くの商品を扱っていたという市川紙店。
震災後、ゼロから現在の状態まで戻したものの、未だに揃っていない商品もまだまだあるそうです。
今後は、お客様の要望に応えながら、以前のように豊富な品揃えに戻していきたいといいます。

「両親もまだまだ健在。ずっと守り続けてきたお店を自分の代で辞めるわけにはいかない」
これからも塩釜でお店を続けていきたいと想いを伝えてくれました。

市川さん、ありがとうございました。



■市川紙店
塩竈市本町2-15
022-362-3948

(平成23年12月16日)

マイク