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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2011年12月14日水曜日

2011年12月14日水曜日12:50

こんにちは末吉です。


今回の震災では多くの方が亡くなり、多くの方が家を失いました。


それぞれの方にとって、それぞれの「震災」があることでしょう。

では、私にとっての「震災」を語るとしたら?

思い巡らした時、母の顔が浮かびました。
そう、わが母の生きる姿を皆さんにもお伝えしてはどうだろう?
母の震災体験を記録に残して、生きることを考えていただいてはどうか?


連続テレビ小説みたいですが・・・わが家の震災物語を複数回にわたってお届けします。






ここからは母が語る話です。

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津波の日。

私は水産加工場の仕事を手伝いに行っていました。
もうすぐ3時、お茶の時間を楽しみにしていました。
そんな時、大きな、大きな地震が起こりました。
始めは眩暈かな? そんなことを感じました。
その次の瞬間。
悲鳴と怒号と大きな揺れが襲ってきました。
外に飛び出そうとした瞬間。強い力で引き戻されました。
「外に出てはいけない・・・落下物があると大変」そう言われ、ドアにつかまり地震の揺れが収まるのを待ちました。
少し揺れが落ち着くと、「家に帰らなければ」そんな思いにかられ、「お家に帰る」と言いました。
私の自宅は海のすぐ近く。気仙沼魚市場の真向かいです。
「帰れませんよ。死ぬ気?」そんな冷たくて冷静な言葉が投げられました。
少し揺れが落ち着くと、大津波警報のサイレンが響き、道路は渋滞し始めました。





「すぐにバッグを持って! 水を水筒に入れて、靴を履き替えて、服を着て!」
そんな言葉に促されるまま準備をして、地震から20分後に会社を出ました。
会社の近くを流れる川に目を点じると、川に水がありません。
「大変、もうすぐ津波がくるよ~早く高台へ」
小走りに走り少し高いところにたどりつき、振り返ったその時、
目の前には、霧のような水しぶきと雷鳴のような轟音がありました。
「早く逃げろ~」その声に押されて走り出しました。
大津波が町を襲う様子は・・・電波がつながる間、携帯電話のワンセグTVで見ていました。
「わが家は? 孫は? 家族は」
そんなことが頭の中を走馬灯のように駆け巡りました。




小雪が舞い、寒さが追い討ちをかける金曜日の夕方でした。
「これからどうなるのか?」
「生きるんだ」と決めて私の震災は始まりました。


---以下、続く。


(平成23年12月14日)